3話 試合開始
試合会場として使用されるのはガリア城内にある兵士の練兵場。
久々にここに来たけどやっぱり広いな。しかも今は貸し切り状態で騎士も兵士も居なくてがらんとしている。
今この場には王女と大臣、そして俺の対戦相手しかいない。
「ハハッ!ヒョロっちぃ野郎だな!本当に剣振れんのかよこんなガキが!」
失礼なやつだな。こんな性格の人間が騎士をやれるのか。
と言うより知らないやつだなこいつ。
ちなみにこのガリア国では王族の近衛や主に貴族位に仕えるエリートである騎士と、平民から一般に応募した兵士と別れている。貴族の子息が実績を作るために騎士になる人が多いらしいが、兵士の中から功績を挙げ騎士となるものもいる。中には騎士にはならずに兵士のまま全うするものも多くいるんだけど。
「油断するなよ。召喚されたばかりとはいえ相手は勇者だ。今後の我々のため必ず勝利するのだ」
「変な心配すんなよ親父。大体油断しようがしまいが俺が負ける訳ねぇだろうが。第三騎士隊の副隊長であるこの俺が!」
第三騎士隊か、前回俺の訓練を担当したのが第一騎士隊だったから接点がなかったのか。
それよりも親父ってことは大臣の子供なのか。
「勇者様そろそろ試合を始めたいと思いますが、調子などは大丈夫でしょうか?」
おっと、大臣とその息子について考えてたら王女から話しかけられてた。
「はい大丈夫ですよ。問題なく動けそうです」
「分かりました。ではこれより、第三騎士隊副隊長である、トーマス・ワルダックと…」
ワルダックって…。大臣の姓はいかにもな名前をしてるんだな…。興味無さ過ぎて5年以上この世界で生きていたのに知らなかったよ。
「勇者様である………勇者様である、え~っと………申し訳ありません勇者様、お名前を聞いてもよろしいですか?」
あ、そういえば名乗ってなかったか。俺が王女のこと知ってるから忘れてた。
「すみません王女様。名乗ることを忘れてました。俺の名前はユウジ・キサラギと言います」
前回の初めは日本人として普通に苗字から名乗ったらしばらく逆に覚えられてたからな。今回はちゃんと名乗れたな。
「ユウジ・キサラギ様ですね。苗字をお持ちであると言うことは元の世界では貴族であったのですね」
………こっちを忘れていた。
「いえ、俺がいた国では全ての国民が苗字を持っていました」
「ハッ、平民風情が苗字を名乗ってるなんざ身分の差別化が出来てねぇ証拠だ。どうせ野蛮な劣った国だったんだろうが」
本当に失礼なやつだなこいつは。こいつは気付いていないが、一応大臣の立場を考えてか何も言ってないけど、王女も顔をしかめてるぞ。
「コホン。では改めまして、トーマス・ワルダックとユウジ・キサラギ様の試合を始めます。両者開始位置に着いてください。………準備はよろしいですね。それでは、試合開始!」
王女の合図と同時に剣を構える俺とトーマス。
俺が持っている剣はガリア国の兵士が使用する普通の鉄の剣。盾を持てるように片手で扱える長さの剣だ。
対してトーマスが持つ剣はというと、煌びやかな装飾が散りばめられ、その上魔力の付与された切れ味や威力を強化されたかなりの業物だ。
態度は最悪だがこんなのでも副隊長だ。武器にも差があるし気を引き締めないとな。
「そんじゃあ勇者さんよぉ、ヒョロい上にんなショボい剣で情けねぇ限りだが遊んでやるよ。簡単に終わんじゃねぇぞ!」
トーマスが剣を振り下ろしてくるがまともに剣で受け止めずに勢いを流すように受け流す。受け止めてしまうとすぐに剣が壊れてしまうからな。
「おっと、先にそのなまくらをブッ壊してから甚振ってやろうと思って手加減しすぎちまったかぁ?」
?
受け流されたことに気付いてないのか?
そんな風に何度かやり過ごしていたんだが、こいつまともに剣を振れていないぞ。そもそも剣術を学んでいるとも思えない動きだ。剣を振った回数の半分くらい刃ではなく剣の腹が向いているレベルの酷さだ。
剣の扱い方は覚えていても身体能力が低い状態で不安だったが、これならまだ俺のほうが身体能力高いくらいだ。
「このっ!このっ!逃げるのだけは上手いじゃねえか!どうした!?かかって来いよ!」
あーなるほど。これは典型的な貴族の地位と権力で副隊長になっただけのお坊っちゃんか…。
実力が全く無いにも関わらず性能だけ良い剣を与えられていて、全く扱えずにいるのか。
本人はそれも分からずに無駄に自信だけ持ってると。
「クソがぁ!何で当たんねぇんだ!」
…もういいか。さっさと終わらせるか。
「じゃあそろそろ俺も攻めるぞ?」
「うるせえっ!平民がほざいてんじゃねぇ!」
挑発に乗り大振りで上段から振り下ろされた剣を受け流してそのまま回転しながら後ろに回り込み、勢いをつけて首に剣を叩き込む。
「っが…!?」
はい、おしまい。
そのまま前に倒れこむトーマス。
あ、もちろん殺してないぞ。ちゃんと剣の腹で打ち付けて気絶させただけだから。
「勝負あり!ユウジ・キサラギ様の勝利です!」
そういうわけで俺は一人で旅に出る権利を勝ち取った。
かなりあっけなかったけど。