29話 責任の所在?
名前も聞くことが出来なかった赤い髪の魔族の男がこの場を去ってすぐ、俺は…大きなミスを犯してしまった。
こんな失敗をしてしまうなんて、前回を含め俺は五年以上も一体何を学んできたというのか。
過去に戻れるのであれば俺自身をぶん殴ってやりたい。
その、ミスと言うのは…
「うっ…ごめん…なさい。わたしの…ひっく…せいで、逃げ…られた…ぐすっ…」
ああああぁぁぁぁぁ!ランを泣かせてしまったぁ!
何やってんの俺!ランの目の前で逃げた魔族に対して怒鳴ったりしたら責任感じちゃうじゃん!気付けよ!
いやここはすぐにランには何も責任がないことを説明するべきだ。
「ランのせいなんかじゃないよ。むしろ来てくれて助かったよ」
魔物たちとの戦闘も収まってきて俺もだいぶ落ち着いた。
というかランの前では落ち着いた感じでみっともないところは見せられない。
「ぐすっ、ご主人…助かったの…?」
「もちろんだ。さっきのやつはかなり強かったからな。あのまま闘ってたら俺も危なかったかもしれない」
これは紛れもない事実だ。剣技では俺が上回っていたが、それ以外の力や速さ、魔力に体力といった経験以外の全てで劣っていた。時間が経つにつれ追い詰められていただろう。加勢が来るまで時間稼ぎをするくらいは問題なかったが、どの道勝つことは出来なかった。
「そんなこと、ない…。ご主人がいちばん、絶対勝つ」
「ふふっ、ありがとうな。次は絶対勝つからな」
ランの期待を裏切らないためにも、余裕で敵を倒せるくらいに、もっともっと強くならないとな。
◆
ランが泣き止んでから、俺達もまだ残っていた魔物の殲滅に加わりほぼ全ての魔物を殺すことが出来た。
中には逃げ出す魔物もいたが、可能な限り追撃を行い殺していったがどうしても冒険者側の人数が少ないことがあり、バラバラな方向に逃げられると討ち漏らしが生じた。
だけどその数もかなり少ないし弱い魔物だけだ。今回は魔族に率いられていたからであって、逃げ出した魔物たちだけで再び攻めて来ることは出来ないだろう。
強力な魔物の原因も魔族のせいだろうからこの町もまた平和になるはずだ。
そんなことを考えているとガタイの良い強面のスキンヘッドの男、バッカスが一人で近付いてきた。
「これだけの数の差があって死人が出なかったのは奇跡だな。怪我人は多いがこんなもんで済んだのはお前等のおかげだ。助かったぜ」
バッカスは見た目に反してかなり面倒見の良いいいやつだ。道理も通すし実力もあるためAランクに上がるのも近いと思う。
「いや誰も死人が出ていないのは各々の手柄だよ。全員が必死に町を護ろうとした結果だ」
「あんま謙遜すんなよ。お前さんが単身厄介な魔物の方に突っ込んだのを俺は見てたんだぜ?それで新人達が弱い魔物に集中出来たんだ。礼くらい受け取っとけ」
「見てたのかよ」
目立つことを避けるために、先頭集団がぶつかってからなら気付かれないと思って横から入り込んだつもりだったんだけどな。さすがに誰にもバレずにってのは無理だったか。
「ああ見えてたよ。これでも腕には自信があるんだ。だが最初にギルドで見たときはそこまで強い風には見えなかったんだが、こんな短い期間で何があったんだ?今は明らかに俺より強いぜ」
「買い被り過ぎだ。昨日までに少し魔物を狩って、今日もかなりの数を倒したからな。それでそう見えるだけじゃないか?」
「しゃあねえなあ、そういうことにしといてやる」
無言でこれ以上聞くなって空気を読んでくれたみたいだ。これで強面じゃなければ大層モテるだろうに。
だがバッカスの言った通りに最初に会った時点ではバッカスの方が強かった。それは魔物との戦いぶりを見て確信した。
それが何故この短い期間で逆転したかと言えば、俺が勇者だからであるとしか言えない。
前回召喚された際も俺は疑問に思っていた。
そもそも何故、魔王と戦うために異世界から召喚を行うのか。召喚されたばかりの俺はただの高校生でしかなく、文明の進んでいないため機械の力を借りることも無く、自らの手で全てをしなければいけないこの世界の住人よりも貧弱な俺に何が出来るのかと。
だが旅を続け魔物を倒していくことで──召喚を行った王女達が把握していたかは分からないが──その理由が判明した。
魔物を倒すことで魔物の生命力、経験値が身体に流れ込んでくる。その経験値を得ることで強くなるから俺はランを連れて魔物を狩っていた訳だが。
勇者は一般の他の人に比べ、明らかに得られる経験値が多い。
前回気になってこっそりと検証したが、十倍以上は多く経験値を得ていると感じた。そしてこれは俺の仲間、パーティにも反映されるようで、俺の半分ほどだが普通より遥かに多く経験値を得ていた。
今回の魔物の襲撃でオーガなどの比較的強力な魔物、およそ三十体を倒した俺は三百体分の経験値を獲得していることになる。
その前にオークも結構な数を倒してるし、それも足せばバッカスを超える程の力が付くことは当然だ。
だが、便利な能力ではあるがこのことを他人に知られるわけにはいかない。知られれば国もすぐに連れ戻そうとするだろう。自由に生きることに決めたんだから、追い回されるなんて勘弁だ。
「まぁ魔物共は片付いたんだ。ギルドに戻って報告しねえとな。直接奥に乗り込んだユウジにもしてもらうから覚悟しておけよ。」
「あぁ分かってるよ。伝えておきたいこともあるしな」
「聞くのがおっかねえな。よぉし野郎共!よくやった、俺達の勝ちだ!町に帰るぞ。ギルドに報告を済ましたら宴会だぁ!」
「「「おおおぉぉぉ!!!」」」
よく通るバッカスの声で締め括り、俺達はギルドへの報告のため町へと帰った。