19話 ランVS
今回は三人称となっています。
ユウジからの合図と同時にランはゴブリンに向かい飛び出した。
ユウジに大丈夫と答え、ユウジ自信も普段と変わらないランの様子に問題ないと判断していたが、そんなことはなかった。最近になって笑顔を見せるようになっていたが、奴隷時代には主人であったワルダック侯爵の興味を失わせるために感情を隠す術を身に付け習慣となっていた。
今回初めてとなる魔物との戦闘に緊張と興奮を覚え以前の癖が再発してしまっていた。
そして、『ご主人』と慕われるユウジであったが、如何せん未だ出会って数日の少女の機微に気付くことは出来なかったのだ。
それでも、主人の言葉は忘れることはなかったのか、ただ単にユウジとの能力差によるものかは判断が付かないが、最後尾にいたゴブリンとの一対一の状況を作ることに成功していた。
すでに両手に短剣を構えていたランは飛び出した勢いのままゴブリンに向かい右手に持った短剣を突き出す。それはさながら、型や技術など何もなく突発的に殺人を犯す人間と同じようである。
突然の襲撃で戸惑っていたゴブリンはその拙い攻撃を、不意を衝かれたことにより避けることは出来なかったが棍棒で受けることに成功し、突き刺さった短剣はランの手から離れることになる。
「ぐっ!?」
(あんな考えなしに突っ込んでもダメだ!失敗した!)
三匹のゴブリンを足止めしながら横目でランの様子を見ていたユウジは反省する。ユウジにはランの不手際を責めることなど出来るはずもなかった。
確かに緊張と興奮により飛び出したランであったが、そもそも武器を購入した際に武器の扱い方を教える約束をしていたにも関わらずここまで一度も指導していなかったのだ。それでも言い訳をするならば、普段冷静なランが取り乱すとは思わなかったこと、一度戦わせてみて様子を見て、その上で適した戦い方を教えようと思っていたことであろうか。
しかしこのままではユウジがいるため最悪には至ることはなくとも、ゴブリンに敗れてしまうこともあり得るため何か手を打たねばと思いを巡らすが、それでは成長に繋がらないと声を掛けるに留めることしか出来ない自分に歯噛みした。
「すぅ~~っ、ラン!!」
「ッ!?…ご主人」
今まで投げられることのなかった突然のユウジからの大声に小さな身体をビクッ!っと震わせ動きを止め、恐るおそる己の主人に視線を向ける。その姿はまるで叱られることを恐れる子供のようである。
戦闘中にするにしては明らかに致命的な隙を作る動作であったが、威圧を含んだユウジの声にゴブリンたちも動くことが出来なかった。
「落ち着け、お前の武器は動きの速さと器用さだ。力任せに武器を振るうな。確実に急所を狙うんだ」
「……うん」
「心配するな、俺が後ろにいるんだ。守ってやるから」
「……うん!」
信愛する主人の言葉により落ち着きを取り戻したランは一振りになってしまった短剣を構え相手をよく観察することにスタンスを変える。
威圧からの硬直が解けたゴブリンは相対する小さな獣人の様子が一変したことに一瞬警戒を強めるも、自分の手に持つ棍棒に刺さったままになっている一本の短剣を見て警戒に値しないと下卑た笑みを零している。
ランをただの獲物だと判断したゴブリンは醜い笑みを顔に貼り付けたまま、甚振るには邪魔になると刺さった短剣を引き抜き後ろに放り投げる。その行為にランは気分を害し眉を顰めるが今度は落ち着いていた。
(ご主人に買ってもらったのに。絶対に、殺す)
内心は憤りでいっぱいであったが…。
そんな心情も知らずゴブリンは走り込み棍棒を振り下ろしに来る。ランはそれを身体を横に向けすれすれで躱す。ただの獲物だと思っていた相手に躱されたことを驚いたゴブリンだが気を取り直し、一度棍棒を引き戻し今度は横に振り回す。それも少し後ろに下がることで躱す。自分より弱いと思っている相手に攻撃が当たらず思い通りにならないことに業を煮やしたゴブリンは、甚振ろうとしたことも忘れ出鱈目に棍棒を振り回し始める。しかし近づいて来る分を後ろに下がり一定の距離を取ることでランに当たるはおろか、掠りすらすることはなかった。
(こいつ、弱い。初めて会ったときのご主人と比べると、ざこざこ)
疲弊していたとは言え、上位種であるゴブリンロードを単独で相手取れるユウジと比べればただのゴブリンなど相手にもならないことは当然と言えた。これまでユウジとしか剣を合わせたことのないランからしてみれば他に比較対象がないため仕方がないことではあるが。
ユウジとの邂逅を思い出している間にも無闇矢鱈と空振りを繰り返すゴブリンは明らかに動きを鈍らせていた。狼として、狩人としての本能か、疲労し切った相手など獲物にしか成り得ない。
横向きの大振りに合わせ身を屈ませ懐に入り込み、喉笛を噛み千切る狼を髣髴とさせる動きで主人の言い付け通り確実に急所を狙いゴブリンの喉に左手に構えた短剣を突き刺し、一撃で終わらせた。
勢いのまま後ろに倒れ込むゴブリンから切り裂くように短剣を抜くことで、刃の軌道に沿い血が払われる。
この動作が功を奏し、新雪のような美しい髪に返り血が付かなかったことにユウジは安堵した。
「勝てた。わたしが、初めて…魔物に。……やった!」
感動し胸元に短剣を抱え込み浮かべた表情は、歳相応のとても嬉しそうな顔だった。
……胸元に短剣を抱え込んだことで、放り投げられた片方を思い出し慌てて拾いに行く姿もとても歳相応であった。
振り仮名を入れる基準がわからない。
足りないのか多いのか、どう思いますか?