9話 ゴブリンロード
開けた空間には鎧を着込み剣と盾を手にした通常のゴブリンよりも体格が少し大きなゴブリンナイトと、襤褸切れをローブのように纏い数枚の葉が付いた枝を持つゴブリンメイジがいる。
そしてそれらを両脇に侍らしているのが、俺と背の高さは俺とほとんど変わらないくらいあり、筋肉質でかなりガタイがよく大剣を担いだゴブリンロードだ。
「!?……まだあんなにいやがったのか」
大物の存在感で気付かなかったがやつらの周りには下っ端のゴブリンが十匹武器を構えている。
しかし連れて来られた少女はどこにいるんだ?ここが洞窟の最奥みたいだし親玉が目の前にいるってことはまだ無事だとは思うんだが。
クソッたれ。ゴブリンロードのやつニヤニヤといやらしい笑みを浮かべやがって、俺が周りを探っていることで目的に感づいているんだろう。ただでさえ余計な知恵を持ったゴブリン種が上位種になるに従ってさらに感情表現が分かりやすくて腹が立つ。
「ギッギッギッギッギ!」
「あ?……チッ!」
あの野郎わざわざ俺に見えるように横に動き、背中に隠れていた少女を晒してきた。気を失っているみたいだが無事なようだ。
おかしそうに笑い声まで上げて部下を囃し立て煽ってくる。
「そんなに煽んなくても逃げねえから心配すんなよ。全員ぶっ殺してやる!」
吠えると同時に向かってくる下っ端たちよりも早く地面を蹴りそのまま手に持った短剣を三本投げ、その数だけ死体を作る。倒れた同胞を踏み越え飛び掛かってくるやつらが武器を振り下ろすよりも早く両手に持ったショートソードでそれぞれ腹に刺し殺す。刺した得物を抜くことはせず後ろに回り込んだ敵を振り向き様の回し蹴りで壁に叩き付け命を奪う。
通路での戦闘ではなくなったため回り込まれやすくなっている。しかしもう六匹倒した。残りも少なくなってきたしそこまで気にしなくても大丈夫だろう。
一本だけゴブリンからショートソードを抜き取り構えると残った四匹が囲み、馬鹿の一つ覚えのように飛び掛かってくる。今更それしきでどうにか出来るはずもないだろうが。冷静に隙間を見極めて包囲を抜け出し……ッ!?
「だあぁぁっ!」
ボンッ!!!
「「ギィイァアアッ!!!」」
危ねえ、ゴブリンメイジのやつ仲間ごと魔法で攻撃しやがった。無理矢理にでも跳び出してよかった。
火の魔法一発で二匹のゴブリンを殺せるほどの威力があるのか。まともに食らえば即死はせずとも碌に動けなくなる。そうなればあとは嬲り殺しに合うだけだ。
体制を建て直し仲間が燃やされたことに狼狽えている二匹の息の根を確実に止め、残った親玉連中に向き直る。
「おいおい、なに真顔になってんだよ。さっきまであんなに楽しそうにしてただろうが。笑えよ?」
「ギギッ!ギャアァァァァ!」
先に煽って来たくせに煽り耐性全然だな。
上位種三匹が一斉に襲い掛かってくるが先ほどまでの下っ端とは違い無秩序に仕掛けてくるようなことはない。ゴブリンナイトが先頭で切りかかってくるのを鞘から出した剣で受け流す。受け流されたやつはその勢いのまま離れていく。その隙を突いたゴブリンメイジの魔法が飛んでくるのを横に跳び避ける。
チャンスだ。先に厄介な魔法使いから仕留める!ゴブリンメイジまで障害物はない。最短距離を走って首を撥ねてしまえば随分楽になるはずだ。
「ハアァァ………グアッ!?」
チクショウ!俺はバカか!何が障害物はないだ。ゴブリンロードを忘れるなんかあり得ねえぞ!
完全に見失って横から蹴りを貰うなんざ焼きが回ったか、切られてたら死んでたぞ。
だが今のやり取りで、ゴブリンロード以外は苦戦するほどじゃないってことが分かった。だったら作戦変更だ。
「オラァッ!」
ゴブリンロードとゴブリンメイジに背中を見せて真っ直ぐにゴブリンナイトに向かって走り剣を振る。後ろで魔法の準備をしていることに気付くが今はまだ無視だ。進む方向が同じなら届くまでに時間が掛かる。
ガキイィィン!
俺の剣はゴブリンナイトに受け止められる。だが、それは狙い通りだ。
鍔迫り合いになっている剣を軸に回転する。丁度位置を入れ替えるように。
「ギアアッ!?」
俺に遅れて飛んできた魔法がゴブリンナイトの背中に直撃した。鎧のおかげか一発で死ぬことは無かったが構いはしない。
「まず一匹」
隙だらけの首を切り飛ばす。
付け焼刃の連携なんかこんなもんだ。あと二匹、油断は出来ない。ゴブリンロード一匹で他の二匹よりも手強いんだ。同じ手は通じないだろうしな。
「なっ!?」
何をしてるんだ!?一瞬目を離した間にゴブリンロードのやつゴブリンメイジを切り捨ててやがる。
「フゥーッ!フゥーッ!」
なるほど。人間一人に手間取ってムカついてるってことか。
だが不味いな。繁殖用に少女を攫ったと判断していたから全滅させれば救えると思っていたが、こうなると殺されるかもしれない。どうにか間に入れるような位置取りをしないと。
「ギャアァァァァ!」
どうやらその心配は必要なさそうだ。完全に逆上してやがる。真っ直ぐに俺に向かって突進してくるゴブリンロードに剣を合わせる。落ち着いて人質にされる可能性を潰す、慌てろ、怒れ、昂ぶれ!ここまで来たんだ、顔も名前も知らないが、あの子には傷一つ付けさせねえ!
「ッラァァッ!」
「ギイィッ!」
さすがに他のやつらとは格が違う。剣が重い、どうにか堪えるが身体ごと吹き飛ばされそうだ。
戦いっ放しで体力も底を尽きそうだ、何合も剣を重ねて刃毀れも起こし始めている。
ガクン
「ッ!?」
やばい、打ち下ろしを受け止めた時に衝撃を逃がせずに膝が折れてしまった。嬉しそうに振り上げやがって。
だけどなあ……
「ギャギャア!」
「一度魔王を倒してんだ!舐めんじゃねえぇぇぇぇぇっ!!!」
気合いで立て直し頭の上に構えてる腕を一閃しバカみたいに開いた口に体当たりの要領で剣を突き刺す。ゴブリンロード諸共倒れこむが構うもんか。いい加減休ませてくれ。ごろんと腹の上から地面に転げ落ちる。
「ハァッハァッ…。ハハッ!くぐって来た修羅場の数が違うんだよ。ざまぁみろ」
今度こそ俺は救えたんだ。