プロローグ
「………ちくしょう…ちくしょうッ………!」
男の声が部屋に響く。
「なんで…何でなんだよッ」
部屋には男以外に誰もいない。
「クソ!クソ!クソ!」
よく見るといくつか人らしきものが横たわっているのが見て取れる。
「………くそぅ………」
法衣を着た女性や身軽そうな服装の男性、鎧を纏ったがたいの良い男性が倒れている。
しかしそこにひときわ異彩を放つモノが男のすぐ傍に倒れている。邪悪を体現したかのような頭までを全て覆い露出部分の全くない赤黒い全身甲冑に、こちらも魔を彷彿とする剣が転がっている。
声を発した男の様子を確認するも、鎧は所々砕け中の服も破れている。全身傷だらけで血に塗れ、手にしている剣は刃こぼれしている。
激しい闘いの結果、このような状況になったことは想像に難くなかった。
男はかつてこの世界に召喚された勇者だった。
彼、如月 悠司はおよそ五年前にこの世界に召喚された。
『召喚に応じていただき感謝します。勇者様、現在この世界は魔王による脅威に脅かされています。どうかこの世界をお救いください。』
そうして魔王を倒し国を救うことを頼まれた彼は勇者として旅を始め、立ち寄った村や町で友人が生まれ新たな仲間も出来て旅を続けていた。
しかし度重なる魔物や魔王軍との戦いで友人が死に、仲間も力尽きていった。
村で出会った友人はとても気の良い常駐の兵士の男だった。
酒場で取り留めのない話で盛り上がり、気分が良くなると記念だと言い酒を奢ってくれるような男だった。
だがそんな男も村が魔物の群れに襲われたときに足の先から喰われていった。
全てを救うことが出来なかった勇者は友人の生きたまま食べられる絶望の表情をずっと覚えている。
町で出会った友人は少し強気な性格の可愛らしい宿屋の看板娘だった。
旅で経験したこと、町に逗留している間に起きた出来事を話し、それを楽しそうに聞いてくれていた。朝寝過ごすと布団を剥ぎ取り床に転がしてくるような乱暴ではあったが楽しい女の子だった。
だがそんな女の子も勇者が一時町を出ていた間に、気付かれずに町に入り込んでいたゴブリンに殺されはしなかったが犯され弄ばれていた。ゴブリンは排除したものの女の子はすでに感情を失ったように泣くことも出来ず、勇者の言葉に反応を示すこともなかった。
翌日女の子は自室で首を吊り自ら命を絶っていた。
助けることも出来ず心の傷を癒すことも出来なかった勇者は己の無力さを痛感した。
共に旅をしていた武闘家の男は筋骨隆々の大柄の男だった。
大雑把でいい加減な性格だったが快活で竹を割ったような気持ちの良い考え方をしていた。仲間内で意見がまとまらない時、彼の一言で進むべき道を決めることが何度もあった。…それが正しいかどうかは別の話であったが。
だがそんな武闘家の男も魔王軍の幹部と闘った時に死んだ。
敵は強く仲間達の頭に敗北、そして死の文字が過ぎっていた時だった。彼は恵まれた体格を活かし魔王郡の幹部の動きを封じるように組み付き、言った。自分ごと止めを刺すようにと。
苦悩した末に出した結末に勇者は今でも思い出す。仲間の命を奪った瞬間の手の感触を。
そして今、魔王との闘いで残った仲間も全て倒れ最後に彼だけが残った。
魔王を倒しこれで世界に平和が訪れるはずであったが、勇者の心には達成感が生まれるわけもなかった。
そんな中、悔しさと後悔に満ちた表情の勇者の足元に突如白く輝く魔方陣が広がる。それはかつてこの世界に召喚された時に現れたものと同じ魔方陣だった。
「そうか。魔王を倒した勇者は、この世界にはもう用済みってことか…」
全てを悟ったかのような諦めの声音で呟いた。
「みんな…居なくなってしまったんだ。俺も、消えるのか…」
カッ!と視界が真っ白な光に染まり何も見えなくなる。
少しの浮遊感があり、どこに飛ばされるのかと一抹の不安はあったが、もはやどうでもいいという感情が上回っていた彼を責められる者はいないだろう。
そして浮遊感がなくなり足には少し柔らかく踏み心地が良い感触が返って来ており、肉体の疲れというだけでは納得が出来ないほどの体の重さを感じていた。
いったいここは何処なのか。やがて光が収まり視界が戻って来た頃、正面から声が聞こえた。
「召喚に応じていただき感謝します。勇者様、現在この世界は魔王による脅威に脅かされています。どうかこの世界をお救いください。」
「…………………………………………………は?」