9.駄々を捏ねる理由は当然ながらそこら辺で見つかる②
「で、どうやって説得するんっすか?」
「ひとまず逃亡理由を訊いてみるしかないだろう?」
「理解できるんっすか?」
「訊いてみないと始まらないだろう?」
ゼオシムガはショルダーバッグの中からメガホンを取り出す。
これはもちろん特殊なもので、よく分からないが、なんか色々なものに作用した結果よく分からない距離にる対象でも声が届く代物だ。
「すみません。我々は人類領域裁定代理執行社《バースデイ・パーティ―》の者なのですが。超永続天涯製造巨神カヌカニャカカンタカドゥカザガさんはいらっしゃいますか?」
層塔にいることに間違いないことは、ユシュノが双眼鏡でその姿を捉えることができた――ぱっと見、ロボットアームが無数生えた亀の子たわしだ――ので間違いない。
超永続天涯製造巨神カヌカニャカカンタカドゥカザガはその性質からか、天に向って塔をせっせと拵えている。
ただ素人目なので断定はできぬが、天井を造るというよりは層塔の周囲に何かのパーツをつけているように見えるが、果たしてなんなのか……?
「あのー! すみませーん! なんかよく分からないもの造るのやめてもらえますかー!? それ以上高いの造ると、なんかどっかの神様がトラウマ思い起こすみたいなんですよー! あと、そのもう少し上に住んでる天空大地民の住人がプライバシーの侵害だってうるさいんですよー! 他にも色んなところから裁定が届いてるんですよー!」
ユシュノは双眼鏡で姿を追いながら、ゼオシムガが口元に持ってきたメガホンで説明する。
しかし、ゼオシムガはどことなく、事実を並べたところで聞き入れてもらえないことは覚悟していた。そんな良心的な感情を持ち合わせているのなら、そもそもこんなことはしないだろうから。
さて、どう出るか―――気を張っているゼオシムガとユシュノに対し、疑似神性生命体がした返答は想定していない意外なものだった。
『天井には何が必要だと思う!?』
超永続天涯製造巨神カヌカニャカカンタカドゥカザガからの、謎の質問。
何かのなぞかけか。それとも一般常識を問うているのか。
説得の第一歩を踏み外さぬようゼオシムガが逡巡している間に、ユシュノがあろうことか普通に答えた。
「材料っすか?」
『違う! それを支える柱だ!』
何故そんなことを言い出したのかまるで分らないが、当人は意味があって口にしたのだろう。ユシュノのような馬鹿でない限り。
『そうさ! 所詮、私は彼が思うほどの生命ではなかった! 全能者へと至ることが不能な惨めな生き物だ!』
急に自虐を始めたカヌカニャカカンタカドゥカザガだが、そこに今回の騒動の鍵がありそうだ。
そしてこういう時は、理論的なゼオシムガより感情が思考よりも先に飛び出すユシュノの方が適役だろう。故に黙り、彼女の言葉を待つ。余計なひと言をぶちかまさないか、やや不安になりながらも。
「いや、こんな凄いもん――周囲の全てを材料にして造った色んな意味で凄いもの造れるんだから充分、神の領域とかじゃないんっすか? 神検定とかあるなら別っすけど」
『神と言うのなら、天井だけで完結すべきだろう!?』
「そんなもんなんっすか?」
『少なからず彼はそう思っているさ!――分かっている! 不完全で生まれたものなど祝福されないことくらい!』
「そこまで卑下しなくてもいいんじゃないっすか!? たとえ博士が認めなくても、カヌカニャカカンタカドゥカザガさん自身が、自らを認めることが大事だと思うっすよ! それに少なからず、あたしは凄いと思うっすよ! 色んな意味で!」
どうして余計なひと言をつけ足すのか、ゼオシムガはハラハラして仕方ない。
ただ幸いに(というかは怪しいが)、カヌカニャカカンタカドゥカザガはとにかく自分のことで一杯一杯のようで、胸の内をぶちまけたくて堪らないようだった。
『だからだ! 哀れだと自覚しながらも、造るしかなかったんだ!』
会話になっているようで、どうも噛み合っていない気もする。
ただ主張をしたいだけの者の言葉――聞く耳を持たず、駄々をこねているだけとも思える。
――が。
「まさかこれって……?」
ユシュノが真っ先に何かに気づいたようだ。珍しい。
推測を確証に変えるため、周囲を今一度見返し、白い層塔をじっくりと眺める。
顎に指を当て、いつになく真剣に考え込む。
熟考の末、意を決して彼女は問うた。
「これってケーキっすか?」
『それ以外の何に見えるって言うんだ!?』
それ以外も何も塔にしか見えないが、建設者が言い張っているのだから寸分違わずケーキなのだろう。少なからずユシュノにも見えたのだから、彼の主張を全否定することはできない。白い塔にしか見えないが。
それにカヌカニャカカンタカドゥカザガの間髪容れない返答は憤慨とも取れたが、驚喜のようなものも覗かせていた。
答え合わせのように、ゼオシムガは一度自分の固定観念を取っ払うように瞑目してから、改めて見やる。
建ち並ぶポールに取りつけられた色取り取りの呪符紙の鎖環は、結界ではなく誕生日会などでよくある装飾。
層塔の縁に並ぶ炎が灯った柱は、蝋燭に見立てている。
一帯や層塔に散らばる魔導具の類は、呪符紙の鎖環と同様の装飾やケーキのデコレーションといったところか……
何もかもを理解し、どっと疲れがゼオシムガを襲う――次の瞬間、さらに深い部分に気づいて、ぞっとする。
(まさか上層部は逃亡理由を知っていた上で、自分達を指名したのか……?)
適材適所の人材を派遣すること自体は、なんら不思議ではない。
が、それをどうして隠す必要があったのか。
創造主たるハザ・ラプソール博士も分からず、カヌカニャカカンタカドゥカザガ自身からの依頼という様子でもない。
なら一体、どこでそれを知り得たのだ?
偶然だとするのなら、それは神さえも超えている――それとも疑似である以上、人が成す奇跡は届くのか?
(まあ、うちの上層部の偶然なら、あり得なくもないが……)
理外の出来事など日常茶飯事である以上、深く考えたところで『結果としてそうなった』事実を捻じ曲げることもできないし、する意味もない。
「ゼオ先輩! なんで独りぼけーっとしてるんっすか!? 一緒に説得手伝って下さいよ!」
「あっ! ああ。悪い……」
孤軍奮闘していたユシュノに叱責され、ゼオシムガも意識を切り替える。
二人のやり取りを完全に聞いていなかったわけではない。
ただユシュノはカヌカニャカカンタカドゥカザガに寄り添おうと、あれやこれやと懇切丁寧かつ親身になって提案していた。
が、肝心のカヌカニャカカンタカドゥカザガは全てを拒絶。というよりも、初めから聞き入れようとはしなかった。
このように。
『ともかく! 理由が分かったならもういいだろう!? 放っておいてくれ! 仮に君達に祝われようとも所詮は情けだ! 余計に惨めになるだけだ!』
「こじらせているな……」
ややうんざりと呟く。自分でも思っていなかった程度にそこには感情が伴っていた。恐らく、真摯なユシュノを無碍にされたからだろう。
深い呼吸をし、ゼオシムガは続けた。
「なら、あなたは博士を祝ったことはあるのですか?」
確かにこの生命体は人智を超越した生命体で、全能にこそ届かぬものの万能に近しい御業を有している。
知能も人が到達しえぬ天上ないしは深淵へと至り、少なからず自分達よりは遥かに賢しい。
とはいえ、所詮はただの三歳児だ。
時間経過の概念が異なる可能性もあるため、実年齢はもっと上かもしれない。が、それを差し引いたって、そこら辺の三歳児と大差ない。
「さすがに三年。祝ってくれない人ってのは分かったじゃなんですか? もしかしたら、博士には誕生日祝うという文化を知らないのかもしれない。それにそもそも、あなたは祝福という意味を履き違えているんじゃないんですか? あなたのは押しつけがましい自己愛でしかない」
「ゼオ先輩!?」
説得ではなく説教を始めたゼオシムガに、ユシュノの顔は蒼白になる。
「口を噤んで願うだけで望みが叶うなら、そもそもあなたは天井を『造る』必要すらないはずだ。身の丈をいい加減、受け入れるべきです」
「ぬわー! ゼオ先輩! なんで喧嘩売ってるんっすかー!?」
「いや、君こそ腹を立てていいと思うぞ? あれだけ助け舟を出していたのに、そのことごとくを無視されたんだから」
「そうかもしれないっすけど! でも! ほんと、どうしたんっすか!?」
ユシュノはゼオシムガとカヌカニャカカンタカドゥカザガを交互に見ながら慌てふためくが、言われたい放題の張本人は特に何かをして来るという様子はない。
『……だが、博士は私に機能しか与えなかった……それ以外は何も……何一つ、教えてはくれなかった……』
絞り出したかのようなか細い声ではあったが、確かにそれはカヌカニャカカンタカドゥカザガから発せられたもの。
その反応に、何故かユシュノの表情がぱあっと明るくなり、手にあった分厚い資料を掲げた。
「カヌカニャカカンタカドゥカザガさん! 幸い、この研究日誌はほとんど博士の日記みたいなもんっすから、記念日掘り出せるかもしれないっすよ!? 祝い方もあたしは色んなの知ってますから、全力でサポートしますよ!?」
ゼオシムガは未だかつてないほど頼もしく見えるユシュノに、なんだか不気味さすら覚えた。
かれこれ二年以上、相方として一緒に仕事をしているが、彼女が債務魔法以外に頼もしかったのは一度くらいしかない。
あの時くらいしか……
(……は、さすがに言いすぎか?)
嬉々としてプランを提案するユシュノの背中を見て、ゼオシムガは小さく苦笑した。
それから三日後。
ユシュノのアドバイスとカヌカニャカカンタカドゥカザガの意向により、誕生日祝い件『博士の喉に四日間刺さっていた魚の骨が無事取れた日からちょうど十六日目』四八周年目のサプライズパーティーとして、復旧作業をしていた研究所にシャンパン焼夷弾を落とすことで今年は良しとした。