8.駄々を捏ねる理由は当然ながらそこら辺で見つかる①
「どうやったら疑似神性生命体なんて創れるんっすかね?」
「まあ所詮は疑似だからな。自分が『似てる!』って思えばいいんじゃないか?」
いつもの装備をしているユシュノとゼオシムガは、最新の目撃証言があった現場――シオカラナメコユズレモン星人と大聖天ゴムヘビ教信者との戦争跡地を歩んでいた。
元々、この場所は大聖天ゴムヘビ教の聖地だったが、『八紘一宇』によってシオカラナメコユズレモン星人が侵攻を開始。
彼らの時間で千年以上続いていた未曽有の大戦争だが、とあるきっかけで二か月前に終戦を余儀なくされた。
(周囲のほとんどに人はおろか建物すらない荒野なのは、戦争だけでもなければ疑似神性生命体の襲来だけが原因じゃないんだよな)
二人の足取りが重いのは、何もない場所をひたすら歩いているからというだけではない。今回の代行がいささか厄介であるためだ。
とはいえ、仕事なのだからやらないわけにもいかない。面倒臭くても。
「ほんと。あれ、なんなんですかね……?」
「分かれば苦労しないかもしれないな」
ユシュノが指差したのは、終戦のきっかけ。
遠方にあるというのに、疑似神性生命体が築き続けているそれは否が応にも目に留まる。
荒廃の地に存在する唯一。視界を左右に分ける白線――天を衝かんばかりにそびえる純白の層塔がそこにはある。
シオカラナメコユズレモン星人と大聖天ゴムヘビ教信者。その双方が次々とこの層塔の人柱にされる仲間を見、撤退したのだ。
そんな曰くだらけの目標地点なのだが、あまりにも高すぎるため一向にその大きさが変わらない。距離感がまるで分らなくなるので、やる気の減退に拍車をかけてくる。
「一応、再確認させて欲しいんっすけど……えっと……なんでしたっけ? 捕獲対象の疑似神性生命体の正式名称って……?」
「超永続天涯製造巨神カヌカニャカカンタカドゥカザガ。体長は逃亡時には六メートル。ただしコンディションによって、三メートルから八メートル前後へと変調するとのことだ」
ゼオシムガはショルダーバッグの中から取り出した資料の一部を読み上げると、ユシュノに手渡す。
その分厚い資料――全二五六ページのハードカバー(表紙には著者のミミズが這ったようなサイン入り)。文章は二段組。捲って早々に創造主であるハザ・ラプソール博士の生い立ちが約一五三ページに渡ってつらつらと綴られている――をパラパラと眺める。
「永久に天井造るってどういうコンセプトっすかね?」
「さあね。創った本人か創られた当人に訊ねてみたらどうだ? ただ理解できるか知らないけど」
「バカにしてるっすか?」
「神性生命体なんて創ろうとしたやつの考えなんて、分かるものじゃないだろう?」
至って真面目に返すゼオシムガ。ただユシュノがバカであることを否定していないことに、彼女は気づいていないようだったが。
資料を一通り読み返してから、改めてユシュノは首を傾げる。
「にしても、誕生から約一一〇〇日近く経って逃亡って何があったんっすかねー?」
資料に記載されているハザ・ラプソール博士曰く――
『超永続天涯製造巨神カヌカニャカカンタカドゥカザガ観察記録・一〇九六日目
昼ぐらいに起きたら研究室がぶっ壊れてた。
何か分からないけど逃げた臭い。チョーメーワクなんですけどー(ぷんぷん)
なんかワケ分からな過ぎて半日くらい笑ってた(笑)』
と、とにかく情報の欠片もない。
それ以前の観察記録もほとんどが博士の自慢話で、創造された疑似神性生命体のことが全くといっていいほど載っていなかった。そのため推理すらできない始末だ。
「創った当人が分からなかったんだから、創られた当人に訊くしかないだろう?」
「理解できるんすかね?」
「訊いてみないことには始まらないんじゃないか? 訊いても分からないことの確率が高いと思うが」
ゼオシムガでさえ半ば投げやり気味なのは、疑似とはいえ全知全能の象徴たる『神』に近しい生命体が相手だからだ。
今回、人類領域裁定代理執行社《バースデイ・パーティ―》への代行内容は、そんなモノの『捕縛』。
当然、人間がどう足掻いたところで敵うはずがなければ、奇跡が起きたところでその偶然が『神』を凌駕するわけもない。
ゼオシムガがその身に収める『呪い』やユシュノの魔導書〝転倒黒白〟の中には、対抗どころか圧倒できるものも含まれてはいる。が、互いに比例してデメリットも大きくなってしまう。
なので、成功の可能性が高い捕縛方法は『説得』くらいだ。
しかし全知全能が有する知性など、人智が遠く及ぶはずなどもないのだから、分かり合えるかまるで想像ができない。それこそ人が思い描ける空想の外に在る存在なのだから。
「こういうのはライルラインラールさんの仕事じゃないっすかね?」
「九疫呼さんは今、信仰喰い対策でてんやわんやしてるよ。言っておくが、《バースデイ・パーティ―》は結構忙しいんだぞ?」
「知ってるっすよ、んなもん! 末端のあたしにでさえ、こんな厄介な仕事が回って来るんっすもん!」
半泣きなユシュノの胸中で塞き止めていた憤懣が、よりにもよってこのタイミングで急に決壊した。
「何度も言ってますけど! そもそも! あたしは他人の誕生日を祝う仕事だと思って入ったんすよ!」
人類領域裁定代理執行社 《バースデイ・パーティ》の宣伝文句は『お友達の誕生パーティーから常理滅亡阻止まで。人類領域裁定を管理局に代わって執行いたします』だ。
ただし、《バースデイ・パーティ―》が独断執行の即決できるのは数百人規模で対処できるB1級裁定まで。A3級裁定以上の超常事態の場合は人類領域裁定管理局 《アドミニストラツォ》の認可が必要となる――もちろん、入社前のユシュノがそんな注意事項まで読んでいないのは明白だ。
「それの冒頭だけを見て、かつ、まんま受け止める者がいるとは思わないからね。裁定が必要な誕生日会ってなんだって話じゃないか」
「ここにいるすっよ!」
「ああ。確かにこんな世界だ。君みたいな馬鹿がいることを考慮しかなかった会社側に問題があるね。君みたいな馬鹿が、君のような馬鹿みたいな間違いをしないように、君くらいの馬鹿でも分かる馬鹿みたいに分かり易い馬鹿みたいな説明をしておくべきだと痛切に思うよ」
「そうやって無駄に似たような言葉並べてるとバカ見たいっすよ? むしろ頭良く見せようとしている分、なんか哀れっす」
さっきまでの態度が嘘であったかのように喧嘩を売って来たユシュノに、思わず情緒不安定なのかと心配になる。が、彼女の『言ってやった』と言わんばかりのアホ面を見る限り杞憂だったことに、ゼオシムガは自然と深~い嘆息を吐いた。
一切の悪意を排してとても好意的に解釈すれば、彼女はその一瞬一瞬を全力で感動しているのだ。まあ簡単に言えばやっぱりバカなのだが。
「ったく。ほんと君とは徹底的にやり合わないと駄目だな」
「なんっすか? 言葉では勝てないから暴力っすか? 言っときますけど、ゼオ先輩が知らないところで結構訓練してますからね!」
ボクシングさながら両手を前後させるユシュノに、ゼオシムガは小さく嘆息する。
これ以上言ったところで減らず口は止まないだろう。何せ話が噛み合わないのだから。
全知全能者どころかこんな馬鹿すら説得できないのだから、ゼオシムガの地震はますます減退していく。
「――というか、祝いたいのか? 赤の他人の誕生日」
ゼオシムガの素朴な疑問に、ユシュノは当然のことのように頷いた。
「楽しそうじゃないっすか。祝杯バズーカとか撃てるんすよ? それに生誕地雷とか仕かけたら楽しそうですし。あとやっぱりあれ! シャンパン焼夷弾! あれやってみたいんっすよねー!」
「……僕にはよく分からない文化だな」
「ああー……ゼオ先輩んっところはあれですか? 粛々と祝う系っすか? 誕生日の朝に家畜の頸を落として家の前に飾って、その血を誕生日の人に塗りたくった挙句、村中の人にやたらしなる棒で滅多打ちにされるタイプのやつっすか?」
「……君はそう言うことには詳しいんだな」
「やっぱそうだったんっすか!?」
パンと手を叩き、ユシュノは何故か羨望の眼差しを向けて来る。
ゼオシムガの呆れとどうしようもない疲労感などまるで気づかずに、きゃっきゃとユシュノははしゃぐ。
「あたしのところって普通だったから余計に憧れるんっすよね、そういうの! それもあって《バースデイ・パーティ》に入るために勉強したっすからね! 詳しいっすよ! 訊いて下さい。 ゼオ先輩の知らないこと! 全然! これっぽっちも! なーんにも知らないこと! この私に、じゃんじゃん訊いちゃっていいんっすよ?」
「……ああ。その時が来たらな」
普段、散々馬鹿にされるからだろう。ユシュノは自慢げに鼻を鳴らして胸を張る。
が、まあ歩いているわけだから、反りながら移動するのは無理があったのですぐに戻った。
とはいえ、とにかく上機嫌なユシュノ。ここぞとばかりに優位に立つ――そう思っているのは当人だけだが――が、ゼオシムガは微塵も気になることはないので、今後一切そのことに関して訊くことはないだろう。
そんな無駄話をしながらも、いよいよ仕事が始まる予兆が見えて来た。
何もなかった荒野にポールが次々建ち並び始め、色取り取りの呪符紙で作られた鎖環が張り巡らされている。結界線の役割でも果たしているのだろうか。
遠くからだと純白に見えていたが、層塔の縁には柱が立ち並び、それぞれの頂上には炎が灯っている。
それ以外にも魔導具の類か。見た目からは使い方が分からぬものが周囲に無数、乱雑に転がり、層塔にも多数備えつけられていた。
いよいよ対象の領域へ足を踏み入れたことに、ゼオシムガはホルスターから封呪大鎌〝ヌァ・ルヲキュユ・ムツィ〟を取り出し、一振りすると瞬時に本来の姿へと伸びる。
ユシュノもまた、いつでも呪術道具を取り出せえるよう気を張った。