7.迷惑を撒き散らす原因は結構そこら辺で生まれる③
ゼオシムガにエンドウォッチャーと呼ばれた、全身真っ白な男。
この世界に全く持って混じる気もなければ染まる気もない。そんな意志の表れを体現しているような男が、ゼオシムガを白い三角錐のスナック菓子を嵌めた指でさし、胸を張って告げる。
「君も不死者なんていう、矛盾を孕んだ由来の名前で呼ぶんだからお互い様だろ?」
「お前からそう名乗り出たんだろうが!」
「そうだったんすか?」
「少なからず、僕の時はそうだったんだよ!」
「えっ? そうだったっけ?」
ユシュノ同様、何故かエンドウォッチャー当人も初耳のような態度を取っている。
ふざけて真似ているわけでも、おちょくっているわけでもなく、純粋に知らないといったようだ。
腕を組み。首を傾げ、白い眉を寄せながら、エンドウォッチャーはうんうん唸り続ける。うっさいくらい。「うんうん」言うことがメインなんじゃないかってくらいに。
時間にして十秒ほど経過したところで、エンドウォッチャーは口を開いた。
「あーなるほどー……あの時は、暇潰しに私の脳味噌を二五〇〇〇分割していたからなー……色々と個々の記憶が曖昧だった時期だったかー」
自らの記憶を文字通り紐解いたか。または時間を逆行して覗き込んだか。はたまた、人智の一切が届かない領域の超常で解決したかは分からない。が、エンドウォッチャーが導き出した正解であるというのなら、それは揺らぎない事実だ。
敵対関係であってもそれが断言できるほど、この奇人は超高次の存在なのである。
「出会いの記憶が曖昧の癖に、しょっちゅう嫌がらせして来たのか、お前は」
「恋人でもあるまいし、いちいち覚えているか? それともあれか? なんでもかんでも記念日作ってるのか? 『僕の話をいつもちゃんと聞いてくれない!』っていう理由で恋人の両耳を削ぎ落として、代わりに超拡張聴覚蝶々核を移植した記念の日とか作る派かい?」
「それは記念日でなくとも、覚えておいた方がいいんじゃないっすかね? 弁護士とか法廷とかで色々使うと思いますし」
思わずユシュノが突っ込むが、当然のことながらエンドウォッチャーはこちらの言葉を聞く耳など持たない――それこそ超拡張聴覚蝶々核を移植した方がいいのではないだろうか? どういったものかは分からないが、ニュアンス的になんとなく。
「では改めて、その名で呼ばないようにゼオシムガ・ワロイムベ=ディスカリカ」
「まずは他人様を「掃き溜め」呼ばわりするのを改めろ」
「いや、だってだ! だってだってだ! だってだってのだってだってだ!」
「うるさいな! お前に構ってる暇はないんだ!」
どこか蚊帳の外に放られている気分のユシュノは『ゼオ先輩、エンドウォッチャー相手だと毎回テンション高いよなー……』なんて、この事態を結構他人事のように思い始めていた。
「いや、だって。君にやたら恨みがある者達が裏でコソコソ、君を四万回くらい殺してやろうと画策していたんだ。そこで超絶怒涛な親切でおせっかい焼きな私は、一括で平等に、かつ確実な方法で解決できるよう、そいつらや交友関係にある者達、親戚や祖先から末代、なんかそこら辺にいたモノ達を友情合体させてあげたんだ」
「有難迷惑ですらないっすね、もはや」
「どうせ思いついたからやっただけだろ?」
「失敬な! 君を含めたみなの願いを一緒くたに叶える画期的な方法を取ったんだぞ! いいか、続きを良く聞け? ったく。最近の若者は話を最後まで聞かずに勝手に答えを勘違いする――いや年寄りもか? 老若男女か? 生きとし生けるもの。森羅万象か?」
「それでいいから言え。構ってる暇がないって言ったろう?」
首を傾げ脱線し始めそうになるエンドウォッチャーに、ゼオシムガが苛立ちながら修正する。
無下にできないのは、ほぼ確実にこの奇人が実相弾と銃を手にしているからだ。
「ふうむ。そう言われるとのんびり話したくなるが、まあ普通に話そう。とにかく、そんな友情合体した文字通り怨嗟の塊――君のせいで合体させられたから恨みは相当膨れ上がっていたよ――は、君達の結界を突き破る仮相弾を撃てるほどまでに力を向上させることができた」
「で、ゼオ先輩が抱えてる悩みの解決は?」
「そう焦るな、マイクロガール。彼が後生大事にしているそのイヤホン。解けなくてお困りだろう? だから軽く世界が滅びれば、そんな悩みから解放されて万々歳だ。しかも、まだまだいるであろうゼオシムガ・ワロイムベ=ディスカリカに怨嗟を抱く者達も、根こそぎ消滅させるおまけつきと来たもんだ!」
「アホかっ! 世界を滅ぼさないために悩んでんだろうが!」
「ええっ!? そんな些末なことで悩んでいたのかい!?」
完全に想定外だったのか、驚きのあまりエンドウォッチャーが一四〇度くらい仰け反った。腰骨が折れる音が盛大に鳴り響いたが、あの変人は仮に胴体が千切れたところで問題だろう。
(そもそも、自分の脳味噌を二五〇〇〇分割したとか言ってるんだから……)
それ以上に『世界の破滅』を瑣末なことと言っているのだから、理解しようとすることそのものが間違いなのだろう。
「お前みたいに世界終焉を見届ける者じゃないんだ」
「ほーら! また矛盾したことを言うー!」
天を殴るかのように両腕を上下させながら地団駄を踏むエンドウォッチャー。
「世界の終わりを見届けるだって? 不死とは世界が滅んでも生きているということだろう? 私が生きているという時点で、世界はまだ継続しているんじゃないのか? それなのに世界が終わるってどういうことだ! それは私に対する迫害か!? 差別か!?」
「僕が知るか! お前が名乗ったんだろうが!」
「むむー! 私が私を迫害し、差別しているということか! どの脳だ! 何個目のどの部位の脳味噌がそんな風に私を考えていた!?」
頭を掻き毟るエンドウォッチャー。その掌は手首まで頭の中に入っているように見える。
ただ見上げる形なので角度の錯覚とも思えるが、脳を掻き回して犯人(犯脳か?)を探っている方がこの奇人に関しては可能性が高い。
「お前の名前なんてどうでもいいんだ! とっとと実相弾と銃を渡せ!」
「それが人にものを頼む態度かい?」
「そもそも、お前が嫌がらせしてきたことが原因だろうが!」
「嫌がらせじゃありませ~ん~! 話を聞いていたのか!? 私はみんなの悩みを解決しようとしたわけだし! そもそも君を殺そうとしていたやつらが悪いんですぅー!」
「どうでもいいからどうにかしろ! さもなくば呪うぞ!」
ゼオシムガの最後の脅迫は単なる脅し文句などではないのは、誰よりもエンドウォッチャー自身が理解しているだろう。
いくら理外の奇人とはいえ、ゼオシムガが体内に収める呪いもまた人理を越えたものだ――加え、『八紘一宇』によって変異している。
そしてユシュノが知る限り、ゼオシムガにかけられた呪いを受けた回数が最も多いのがこのエンドウォッチャーだ。
(まあ大抵は一回でどうにかなるんだから。何百回と受けても平然としているエンドウォッチャーがおかしいわけなんっすけど……)
ゼオシムガの忠告に、がっくりと肩を落とすエンドウォッチャーが何か呟き出す。
「悲しいな……いいことしたのに褒めてくれないの、悲しいなー……」
「実相弾と銃を渡してくれたら褒めてくれるんじゃないっすかね? ねぇ、ゼオ先輩?」
頷けと言わんばかりに、ユシュノはぐりぐりと肘鉄をゼオシムガの脇腹――高さ的に腸骨辺りだが――に押しつける。
対し、ゼオシムガはどうにも踏ん切りがつかないようだったが、意地を張っても仕方がないので「ああ」と不貞腐れ気味に頷いた。まあ、骨を折らん勢いでガンガン肘鉄を当ててくるユシュノが鬱陶しかったのもある。
「いや、別に褒めて欲しいわけでもないし」
「がああああああ! いいからさっさと渡せええええええ! 〝転倒黒白〟お見舞いするぞおおおお!」
たまらず、ぶち切れるユシュノ。そして宣言通り彼女は〝転倒黒白〟を手に取った。
「〝椅子〟の魔法使いのそれかぁ……呪いと合わさると面倒臭そうだからなぁ~……消したら褒める?」
「褒めっっっからさっさと渡せえええええええええええええええ! ほんっっっとおおおおおおに使うぞおおおおおおおおおおおお! んがああああああああああああ!」
「マイクロガール。それは女子どころか人間がしていい顔ではないと思うぞ……? うん。このままだとマイクロガールの顔面の全筋肉が断裂してしまいそうだから、とっとと渡そう。のちのち面倒そうだし」
割と本気で厄介と思っているようで、エンドウォッチャーは右人差し指に嵌めていた白い三角錐のスナック菓子を外した。
それをぶんぶん振ると、空洞部分からぴょこんっと狙撃中が一丁飛び出す。
空中にそれがあったのは、ほんの刹那。瞬きを終えた頃にはゼオシムガの足元に置かれていた。
「偉、いっ、す……渡し、て……偉い、っす……ええ……」
ぜぇはぁ、と肩で息を切らせながら褒めるユシュノの声は嗄れかけている。
ゼオシムガも「よくやったよくやった」とエンドウォッチャーに一切目もくれず、足元に転がった狙撃銃を大鎌で叩き壊した。
すると、彼の胸の上に浮かんでいた半透明の銃弾が消滅する。
晴れて世界の破滅の可能性の一つが消えたわけだ。余計なことが。
「褒められて気分がいいんで、そのイヤホン、存在ごと抹消しようか?」
エンドウォッチャーの降って湧いたような提案に、歓喜ではなく悪寒を抱いたのはユシュノだけではない。
「ん? どうした? なんでそう警戒する?」
今さっき、エンドウォッチャーの親切のせいで迷惑を被ったというのに、ほいそれと頷くはずがない。
それを当人が全く理解していない辺り、本当に親切心でやっていたのかもしれない。
と、何かに気づいたエンドウォッチャーがぽんと手を叩く――その際、指に嵌めていた白い三角錐のスナック菓子が見事に砕けた。
「あっ! 言っておくが無料だぞ。無料の代わりに私の言うことを聞けとか、会員になれとか、メルマガ読者になれとか、魔術甲殻類との合コンをセッティングしたはいいものの、急遽人数が足りなくなったから埋め合わせに来てくれとか。そういった見返りの類はないから安心したまえ」
「そういった取引があった方が、まだ悩む余地はある」
「確かに、解呪してもらった上に魔術甲殻類との合コンにまで参加できるって、メリットしかないっすもんね」
見返りのない一方的な施しが何を招くのか。想像ができないからこそ、避けられるなら避けねば身が持たない。
ましてやこれまでのことから分かるように、倫理観が全く相容れない奇人が相手ならなおさらだ。
「とにかくもう消えろ。そして金輪際、僕の前に現れるな」
「うーむ。難しいお年頃だもんな。致し方ない……」
やや不服そうなエンドウォッチャーが頷きながら、自らの背中の辺りをゴソゴソ探り出
した。
出て来たのは赤いポリタンク。
蓋はすでに開いているようで、エンドウォッチャーは頭から透明な液体を被り始めた。そして、あっという間に空になったポリタンクを投げ捨てると――
「ふぁいあー」
――指をパチンと鳴らすとそこから火花が散り、瞬く間に全身に引火した。
灯油かガソリンか、燃え広がる勢いからしてそれとももっと別の化学物質かもしれない。ともかく焼身自殺は数秒で終わり、エンドウォッチャーの跡形どころか灰一つ残らずに消え去った。
(まあ死んでも死なないんでしょうけど……)
最後の最後。退場の仕方までまるで理解ができなかった奇人。
そもそもの価値観が根本から違うのだから、理解できるはずもないわけだが。
(まあ価値観だってコロコロ変わるものっすけどね。特に他者からのものなんて……)
先日の件でガックリ下がった自分のそれを思い出し、さらにガックリ肩を落とす。
ちらりと横目で隣を見やると、騒動こそ収まったものの何一つ解決していない根本的問題に頭を抱えているゼオシムガが。
普段使いの単なるイヤホンが、次の瞬間には世界滅亡の鍵となってしまったわけだ。これもまたこの世界の姿。瞬く間に価値が変容するのなんて日常茶飯事なのだ。
(……ん?)
そう思っていたわけだが、ユシュノ自身、妙な違和感を覚える。
それがなんなのか考え、根本的な価値観に気づき、ゼオシムガに提案していた。
「思ったんすけど、それそのままでいいんじゃないっすか?」
「はぁあ!?」
素っ頓狂な発言にゼオシムガはいつにない驚きの表情を見せ、いつも以上にユシュノの正気を疑っているようだ。
いよいよ自棄になって錯乱したとでも思っているかもしれない。が、ユシュノは何か言われる前に続けた。
「少々使いづらいとはいえ、イヤホンそのものの価値は断線していない以上、なんら変わってないっすよね?」
「ああ。それはそうだが……だからなんだって言うんだ?」
「まさにその呪いの顛末っすよ。無理矢理元の形に戻そうとして壊すくらいなら、いっそその形の使い易さを探した方が健全じゃないっすか? それを呪っちゃった人だって別に初めから呪おうとしたんじゃなくって、絡まると不便だったからっすよね?」
「まあ文献にはないが、そうだろうな……ただ単に元に戻したいという欲求から来てるかもしれないけど……」
ゼオシムガが二つ返事で賛同しないのは自然なことだ。
何せ、ユシュノの意見は全くの憶測でしかないのだから。
彼女自身確証はなかったが、それでも最も安全性の高い解呪がそれだと思うのが普通だとユシュノは断言できた。
「それに呪いは、元は願いから生じるものなんでしょう? 不便さに目を瞑る程度で世界の破滅が回避できるんなら、そっちを大多数は選ぶんじゃないっすかね?」
「だが……」
「まあひとまず、保護専用のケースとか作っておけばいいんじゃないっすかね? その間に安全な解き方を探っていけば。応急処置。ないしは延命だと思えばいいんっすよ」
――それから。
エンドウォッチャーの騒動からしばらく経っているが、ゼオシムガの普段使いのイヤホンは今のところ変わっていない。
強いて違いを挙げるなら、だいぶ短くなり、イヤホン部とプラグを繋ぐケーブル部分にやたら厳重な保護ケースがくっついたくらいか。