3.和を乱すはぐれ者はもっぱらそこら辺で暴れている①
いつ。
なぜ。
どこから。
ありとあらゆる疑問を内包し、一切合財の解答を放出しない未曽有の大変異。
『八紘一宇』
現象が発生してから名づけられたのか。それとも、その名が生まれたことで発生したのか。
何もかもが分からない。理解の内か外か、それとも初めから存在していないのか。それすらも分からない。
そんな世界でも、生命としての社会秩序は辛うじて残っている。もしくは必死に再現しようとしている。
(そんなわけだから、やっぱ働かないといけないんすよねー……)
いつもの仕事用の装備を纏うユシュノは別に気が重いわけではないが、今回は少々面倒だなとは思う。加えて場所も場所なので、肩身も狭いしとっとと帰りたい。
とはいえ、この代行にはユシュノ個人の用事も含まれているのだから、気分が乗らなくても行かなくてはいけない。
そんな彼女の複雑な気持ちなど知ってか知らずか、同じく仕事用の装備のゼオシムガは通信デバイスを片手に誰かと繋がろうとしていた。
二人がいるのは、外宇宙おしゃれセレブマダム族が住む高級住宅街ハイセンス島。
島にある者全てが高級であり、名前の通りハイセンスだ。そう言われているし住民の誰もがそう言うので、きっとそうなのだろう。何に対して高いのかもセンスが優れているのかも分からないが。
そもそもこの高級住宅街ハイセンス島は数千年間、外界の文明から隔絶された結界孤島だった。が、『八紘一宇』によって入島できるようになる。
高級住宅街ハイセンス島民(要は外宇宙おしゃれセレブマダム族だ。分かりづらい)とのファーストコンタクト時から、外宇宙おしゃれセレブマダム族は自らをお洒落だと言い張り、何に対しても『高級志向だから』と主張していたとのことだ。
そんな場所に夜な夜な現れる吸血鬼が、今回の代理執行対象。
名も姿もすでに判明している――吸血鬼ロロロウロ・O・ロワロッロクロ。
吸血鬼団体非加盟員である吸血鬼ということもあり、扱いはただ殲滅すればいいという単純な話ではない。
それに数か月前、吸血鬼ロロロウロはただの吸血鬼ではなくなってしまった。
「サイボーグ吸血鬼でしたっけ?」
「ああ。どうも吸い取った血液を電気エネルギーに変換しているようだ」
「元々は普通の吸血鬼なんっすよね? なんでサイボーグに引っ張られてるんっすか?」
「超克だ!」
その返答は当然ながら横にいるゼオシムガではない。
聴こえたのは真上から(ただ唸り続けるジェットの噴射音で、本当にそう言ったのか確信は持てないが)。
二人の頭上。一〇メートルに届かない程度浮いている――足の底から轟音響かせながら火が噴いている――男。全身黒づくめだが、身体のところどころに機械や管、光を発するよく分からないものが配置されている。
それこそがサイボーグ吸血鬼ロロロウロ・O・ロワロッロクロであり、彼は空中で腕を組み、ふんぞり返りながら叫んだ。
「十字架も! 日光も! ニンニクも克服した! なんだったら『どう考えても、吸血鬼以前に普通の生命だったらどんなやつだって死ぬだろ』っていう、銀弾や白木の杭で心臓を撃ち抜かれても生きているぞ!」
「それはどうでもいいんですけど、僕達はあなたの無許可での吸血行為に裁定執行が下されたんで代行に来ました」
誇らしげでなんだか偉そうなロロロウロに対し、ゼオシムガは興味なく淡々と説明した。
そう。これが自分達――人類領域裁定代理執行社 《バースデイ・パーティ》の仕事。
下された『不正吸血行為』に対する裁定結果を、代理で執行するために来たのだ。
「ふざけるな! 吸血行為は吸血鬼のアイデンティティだぞ!」
「ふざけているのはあなたです。その愚行はこの高級住宅街ハイセンス島の住民はもちろん、そのご家族や周辺住民にも迷惑をこうむっている」
「それに色んな吸血鬼の団体からクレームも入っているんっすよ」
「知るか! 群れなければ生きられない哀れな血族なぞ!――喰らえ! 吸血鬼ビーム!」
突き出したサイボーグ吸血鬼ロロロウロの掌から、やや暖色の光の柱が放たれる。
「だああ! もう! 簡易借用書>>>金剛石の屏風!」
ユシュノが両手を広げると彼女とゼオシムガの前方に債務魔法の詳細紋様が現れ、煌びやかに輝く半透明の屏風が広がった。
光を乱反射させるそれは吸血鬼ビームを弾き、二人を守る。
「まだだ! 吸血鬼破壊光線!」
サイボーグ吸血鬼ロロロウロの掌から、やや暖色の光の柱が放たれる!
「簡易借用書>>>坩堝の盾!」
ユシュノが両手をかざすと、中心に黒い渦が発生する。
吸血鬼破壊光線は誘われるように、狭異空間へと繋がる渦へと吸い込まれた。
「なんの! 吸血鬼フラッシュ!」
サイボーグ吸血鬼ロロロウロの掌から、やや暖色の光の柱が放たれた!
「簡易借用書>>>レマルゴスの象りよ、彼を取り込み真なる意味と成せ!」
ユシュノの前方にスィンヴォロ式『大食』魔法紋が現れると、その不完全な徴は意味を完成させるため、対象として示されたやや暖色の光を喰らい始める。
喰い続けることで紋様は変容を続け、やや暖色の光の柱がなくなる頃には徴は完遂を果たして消滅した。
「奥の手はまだあるぞ! 吸血鬼レイ!」
やや暖色の光の柱が――サイボーグ吸血鬼ロロロウロの掌から!
「簡易借用書>>>煇煇燦燦煌煌爛爛!」
ユシュノとサイボーグ吸血鬼ロロロウロの間で強力な光が発し、迫る光の柱を掻き消す。
「きゅー!――」
サイボーグ吸血鬼ロロロウロは右腰の辺りに両手を持って行く。
「――けーつ!――」
構える彼の両掌の間で、やや暖色の光が灯り始める。
その最中に、ユシュノは魔導書〝転倒黒白〟の封印を解いた。
――《〝悪戯〟の魔法使いォザピクェ》>>>〔絶対不壊のへそ曲がり根性〕。
「――きぃー!」
吸血鬼の! 掌から! 光の柱(やや暖色)が――放たれる!
「ほらやっぱり同じだ!――捻じ曲げ示せ、《永劫不動の楔ヨグフォラソ》の神秘を!」
自動書記に従った詠唱により、〝悪戯〟の魔法使いォザピクェが神《永劫不動の楔ヨグフォラソ》の目を盗んで模倣した、己の意地を絶対に通すという弊害により、他者が曲げざるを得ない奇跡が再現される。
やや暖色の光の柱はユシュノ(と、背後に逃げていた連絡を取り続けているゼオシムガ)を避けるように捻じ曲がり、遥か虚空へと昇って行った。
以降、同じ術はユシュノを避けて通ることとなる。
「ついに通常の債務魔法じゃなくて〝転倒黒白〟を使うか……」
「だってどれも吸血鬼っぽくない上に、全く同じ攻撃で埒が明かないんっすもん!」
攻撃をことごとく無効化されてもなお、宙空で胸を張るサイボーグ吸血鬼ロロロウロをたまらず指さすユシュノ。
「それよりもまだっすか、ゼオ先輩!?」
「なかなか連絡が取れないんだよ」
「それならご要望に応じて、これならどうだ!? 吸血鬼ウイィィィィィィングゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
何をどう解釈したらその返答になるのか分からないが、それを訊く間もなく――問うたところで、理解できる返答は期待できないだろう――月から舞い降りるかのように、大型の蝙蝠がサイボーグ吸血鬼ロロロウロの元へ滑空する、
彼の周りを軽く旋回したのち、サイボーグ吸血鬼ロロロウロの背中にくっつく。
それと同時、背後から唐突に後光が差す。目くらましかと思ったが、なんか決めポーズをしていた。バンクシーンにでも使うのだろうか。
色々言いたいことはあるが、ユシュノはひとまず根本的なことを訊く――というか、漏らすに近い。
「元々飛んでたじゃないっすか」
「ふっふっふっ。吸血鬼ウイングを装備することで、周囲の音がよりクリアに聴こえるようになるのだ!」
「それは単にジェットの音がうるさいだけじゃないんすか?」
指摘通り、サイボーグ吸血鬼ロロロウロの足の底からはジェットが噴射していない。そのため、どういう原理で飛んでいるのかいよいよ分からなくなった。
が、知ったところで事が解決するわけでもないので、ユシュノは疑問に思わなかったことにする。
「というわけで、喰らえ! 吸血鬼バズーカ!」
背中の蝙蝠型支援メカから伸びた砲身二門が、それぞれサイボーグ吸血鬼ロロロウロの両肩へ倒れると、両腕とドッキングした。
「ファイアアアアアアアアアア!」
砲身と一体化した両腕から、やや暖色の光の柱が放たれた!