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桜、舞い散る頃  作者: 天野 みなも
8/8

再び…

それから小学校を卒業するときも、高校に入学するときも、美大に合格した時も、咲は桜の季節になると公園の桜を見に来た。

だがあれから桜は咲かない。


そして留学する今日、私は再び公園を訪れた。


「ねぇ、あれは貴方の力だったのかな?」


私は桜の木に手を触れて木のぬくもりを感じながらそう呟いた。

叶うならもう一度あの子に会いたい。会ってお礼を言いたい。

そう願った時だった。

一陣の風が咲の髪を揺らした。ふと体が温かい何かに包まれるような不思議な感覚にとらわれた。視線を感じ、思わず振り返った先には、あの少年が立っていた。


「咲…。」


夢を見ているようだった。

あの頃のまま、少年があの微笑みを浮かべて立っている。


「貴方!!」

「良かった。もう一度会えたね。」

「貴方にお礼が言いたかったの。ずっと何度も何度もここに来て。でも会えなくて!!」


少年に語り掛けながら私の目からは涙が溢れて止まらなかった。

15年経ってやっと再会できたのだ。少年が人間ではない存在だったとしても、全然怖くなかった。どうしても会いたかったのだ。

それがようやく叶った。

少年がゆっくりと桜の木に近づきながら言った。


「僕に力がなくて…あれからこの木に花を咲かせることができなかったんだ。」

「貴方はいまどうしているの?寂しくない?」

「咲が来てくれたから、そして会いたいって強く願ってくれたから、僕はこうして君に会えた。ずっと頑張ってたんだね。」

「私ずっと絵を描いていた。貴方に渡したくて。ほら、上手になったでしょ?今度留学するのよ!海外でもっと絵をたくさんかいて、そして個展を開きたいの!!みんなを笑顔にする絵を描きたいの!」


私は思いが溢れるのを止められず、一気に捲し立てた。それを少年はあの微笑みを浮かべて聞いていた。

そして一言言った。


「うん…知っている。ずっと見てきたから。」

「そっか・・・ありがとう。あの時もずっと見守ってくれて、ありがとう。お祖父ちゃん。」


咲の言葉に少年は少し驚いた顔をして、照れくさそうに笑った。


「…もう大丈夫だね。」

「え?」

「僕はこの木の精ではいられなくなったんだ。この木は老いすぎた。精霊として宿り続けたけどもう寿命だ。だからまた最後の力でこの木に花を咲かす。」

「じゃああなたはどうなるの?消えちゃうの?」

「ううん。僕は木の精として別の木に宿り、生まれ変わる。だけど、たぶんもう咲には会えない。」

「そんな…。」

「でもね、ずっと見守っているから。どこにいても咲を思っているから。だから、夢を諦めちゃだめだよ。どんなにつらくても生きること、夢を見ることを諦めないで。」

「うん…。」

「きっとだよ…」


少年は小指を差し出した。その指に私の小指を絡めて指切りげんまんをする。

少年の手は暖かかった。まるで陽だまりの木の下のようなそんな暖かさだった。


「咲、目をつむって。」

少年に促されるように私は目を閉じた。

するりと少年の指が小指から離れる。

一瞬の不安を消すように、少年は耳元でささやいた。


「大丈夫。1…2…3…」


さぁと風が舞った。何か異変を感じ、私は目を開けると、手のひらに桜の花びらが握られていた。

だけど気づいたときには少年はもういなくて。私は公園で立ち尽くしたまま桜の花を見つめていた。



正直、留学には不安があった。美術大学は天才の集まりで、私の能力なんて凡人の何者でもないことを痛感していた。何度も絵の道を捨てようと、諦めようとしたこともあった。

逃げるように留学を決めたのも、何か自分を変えるようなきっかけが欲しかったのも事実だった。

だからもう一度この桜を見たかった。

私の原点。この桜の舞散る姿を。


「また、渡せなかったな。」


私はカバンからスケッチブックを取り出した。そこに描いたのは満開の桜と私の家族。そして少年の姿だった。

 


「私、諦めないから。頑張るから、ね…」


(ずっと見ているから…)


どこかでそう聞こえた気がした。



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