少年の謎
「ただいま…」
家に帰ると母が台所から顔を出した。
「あら…最近元気がないわね。どうしたの?」
「うん…あの子に会えなくて。絵を渡す約束をしていたのに、会えないの。」
何度も公園に言っているのに、あの桜の花が咲いた後には一度も少年に会うことがなかった。
引っ越してしまったのだろうか。それならそうと言ってくれても良かったじゃないか。
内心文句を思いながら咲はスケッチブックをテーブルに置いた。
「あらあら…。何か事情があるかもしれないわよ。」
「そうかなぁ?」
「そうだわ。その男の子を描いたんでしょ?お母さんにも見せて頂戴。久しぶりに咲の絵が見たいわ。」
母の言葉に咲は嬉しくなった。
あんなに否定されていた絵を描くことを、今度は母も喜んでくれる。
「うん!!これ。あの桜の花が咲く前にスケッチさせてもらったの。色を塗って渡す約束してたんだけど…。」
自信満々に絵を見せる咲に、母も微笑みながらその絵を見た。
咲が固執する少年とは一体どんな人物なのだろうか。
そう思って母はそのスケッチを見て、そして驚愕した。
「咲…本当にこの人に会ったの?」
「うん…そうだけど。どうしたの?」
だが、母は私の言葉も聞かず、和室へと駆け出し、そして押入れをごそごそとあさり始めた。
「お母さん…どうしたの?」
「えっと…確かこの辺に…あったわ!」
「アルバム…?」
母が押入れから取り出してきたのは古い白黒の写真が貼られたアルバムだった。
そのアルバムを母はペラペラとめくって、ある一枚の写真を取り出した。
「咲、このアルバム見たことある?」
「ないけど…。」
「じゃあ、この写真は?」
「写真…?」
手渡された写真を見つめ、咲も思わず驚いた。
その写真に写っていたのは、あの少年だったからだ。
リビングに駆け戻り、自分が描いた少年のスケッチと照らしあわせると、本当に特徴が似ていて自分でもびっくりした。
「お母さん…これってどういうこと?この写真誰?お母さんの知り合い?」
「咲、これはね。お母さんのお父さん。あなたのお祖父さんの子供の時の写真よ。」
「じゃああの子は幽霊なの?」
「さぁ、どうかしら。お祖父ちゃんは咲のことすごくかわいがっていたからね。10年前に亡くなるときもずっと咲のこと心配していたわ。」
「私…覚えてない。」
「咲、小さかったから。物心がつく前だったし。でもよくあの公園の桜の下で遊んでいたのよ。」
「そうなんだ…。」
母は窓の外を見ながら言った。
「思えば、あの日の夜は不思議なことがあったわね。」
「あの日って?」
「咲が画家になりたいっていって家を飛び出した日。あの日、桜の花が舞っていて、とてもきれいで…。それを見ていたらなんか懐かしいような不思議な気持ちになったのよ」
「きっと、あの子はお祖父ちゃんだったんだね。」
「そうね…お母さんもそう思うわ。」
ふと見ると母の目にうっすらと涙が浮かんでいた。
咲もつられて窓の外を見る。もう桜は舞っていない。でもきっとここにもあの桜が舞ったのだと咲は思った。