父と母と
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その頃、飛び出した家では両親が渋い顔をして話をしていた。
「あの子、大丈夫かしら。」
「放っておきなさい。しばらくしたら頭を冷やして帰ってくるだろう。」
「…でも。」
「いいから。」
父はそう言って新聞を取り出して何とはなしに記事を読んでいた。
「…あの子。どうして絵描きにこだわるのかしら。」
「現実逃避じゃないのか?」
「いつもは大人しすぎるほどおとなしいのに。こんなこと、今までなかったわ。」
母は急に不安になってきた。確かに積極性に欠ける子だったが今まで自分たちの言うことはきちんと聞く、聞き分けのいい子だった。それが急に自分たちに反抗したのだ。
「反抗期…かしら。」
「そういう年ごろか。じゃあ、そのうち現実が分かるようになるだろう。」
「えぇ…。」
ふと、母は窓の外を見た。外は夜の帳が落ち、暗くなっている。
その時だった。窓の外に桜の花びらが舞い散っているのが見えた。
「え…?」
「どうしたんだ?」
「桜が…」
「なんだい?」
母の言葉に父は興味なく、そのまま新聞に視線を向けたままだった。母は
窓際に行ってそれを開くと一片母の手元に桜の花びらが舞い下りた。
「あなた…ちょっと見てください」
「なんだ騒々しい。」
ようやく父は新聞から目を移し、母のいる窓の方を見やった。そしてその景色に驚いた。
「なんだこれは!!この辺りには桜の木はあの公園くらいしかないだろう?それにあれは枯れてしまったんじゃ」
「ええ。風に乗ってどこからか飛んできたのかしら。」
舞い散る桜を見ているとふいに母は昔のことを思い出した。
「ねぇあなた。覚えてます?咲があの公園の桜を主題に絵を描いたこと。」
「そうだったな。確か…小学1年のことだったか。それで県の美術展に入選したんだったな。」
「あの子…本当に絵が好きなのね…」
「…。」
しばらく二人とも黙って、舞い散る桜を見つめていた。
「なぁ母さん。もし…咲が本気で絵描きをしたいとういうなら、ちょっと様子をみてみないか?」
父の突然の提案に、母は目を丸くした。そして母は思わず笑った。
「どうしたんだ?」
「ふふふ・・・実は今、私も同じことを思っていたんですよ。」
その言葉に、今度は父が驚く番だった。
「そうか…うん。まずは本人の決意次第、だがね。」
「えぇ。そうね。」
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