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桜、舞い散る頃  作者: 天野 みなも
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満開の桜の下

「…き。…咲。咲。」


自分を呼ばれているのにも気づかず、泣きじゃくる私に、誰かが頭を撫でた。

その時始めて自分以外の誰かがそばにいることに気づいた。

頭を撫でてくれたのは、あの少年だった。


「どうしたんだい?こんな時間に。」

「貴方は…。どうしてここにいるの?」


いるはずのない人物を認め、私は驚いた表情をしたが、少年もやはり驚いた表情をしていた。

まるで鏡を見ているみたい。私はそんなことを思った。


「……近くに住んでいるから、かな。」

「そう……。」


しばらく沈黙が続く。少年は私の傍らに座り、しばらくずっと黙って私が落ち着くのを待っているようだった。


「何かあったのかい?」


少年のいつもの優しい口調に私は少し落ち着きを取り戻し、ぽつりぽつりと話始めた。


「……絵を、もう描いちゃダメって言われたの。…スケッチブックも取り上げられちゃった。約束してた絵、あげれない……。」

「そうか。」

「きっと、お父さんもお母さんも、私のこと嫌いなのよ。自分の理想ばかり押し付けて。私は人形じゃないのよ。」

 人生のレールを敷かれ、それに沿って歩まなくてはいけないと思うとぞっとした。


「昔はあんなじゃなかったの。小学1年生の時、ここの桜の絵を描いて県の美術賞を受賞したの…。その時はあんなに喜んでくれたのに。だから絵を描こうって思っていたのに。きっとお父さんもお母さんも私のこと嫌いになったのよ…。」

「嫌いなんかじゃないよ。咲が生まれた時、この桜が満開に咲いていて。こんなふうに夢を咲かせる子供になってほしいっていって咲と名付けたんだよ。」

「……え。どうしてそんなこと知っているの?」

「聞いてたから。ここでずっと聞いてたから。桜の花が咲くとき、毎年毎年ここに3人できて、よく花見をしてくれたね。」

「うん…。そうね…。」

「咲のお母さんはいつも手料理を作って、明るい笑顔をしていて、咲お父さんはお仕事頑張って家族のために働いて。そういう何気ないことに咲は気づいているかい?」

「……当たり前だと思っていた。」

「咲が嫌いだったらそんなことしないだろう?咲の日常は大切な時間なんだ。そんな当たり前のことも、実は当たり前じゃないんだよ。」

「……でも、私、夢を諦めたくない。」

「そうだね。夢は諦めちゃいけない。苦しい時も悲しい時も自分を信じて道を貫かなきゃいけない。それでも、頑張れる?」


それは相応の覚悟があるかを突き付けられるようだった。

確かに絵ではサラリーマンのように安定した収入は得られないかもしれない。

それでも諦めずに夢を持ち続けられるか。少年はそれが聞きたかったのだろう。

ふと考える。だけど、自分が自分らしく生きるには逆境をも超えて絵を描き続けるしかないように思えた。それが自分の存在意義だと思う。


「うん。」

「そっか。ならお父さんとお母さんはともっと話してみたらわかってくれるんじゃないかな?咲が傷つく姿を見るのが怖いだけなんだよ。」

「でも、お父さんとお母さん、私の話聞いてくれるかな?」

「なら、とっておきの手品を見せてあげる。桜の花が咲くところを見せて上げる。この桜が咲いたら、夢を諦めないで欲しい。」

「そんなの無理だよ。だってこの桜はもう10年も咲いていないんだよ。」

「大丈夫。1…2…3…」


少年が桜の木に手を触れて、そうつぶやくと、今まで蕾もなかった桜の木が一斉に芽吹き、そして満開の桜になった。


「うわぁーきれい…!」


はらはらと舞い散る桜に思わず見とれている。鮮やかで荘厳で、神が宿っているかと思えるほど神秘的な光景が私の前に広がっていた。


「前も言ったろう?この桜の花が咲くのを見ると、夢が叶うんだ。だから、お父さんとお母さんの説得も、うまくいくはずだよ。ほら、お守り。」


少年は私の手に桜の花びらを手渡した。

その花びらをそっと握りしめると不思議と勇気が沸いてきた。

いつもは人と話をするとドキドキしてうまく言葉が出ないのに、何か背中を押されるようなそんな気持ちになってきた。


「わかった。…頑張ってみるね。」

「うん。きっとうまくいく。大丈夫、咲ならできるよ。」


少年の笑みを見ていると本当に両親を説得できる気がしてきた。

夜の公園を一歩踏み出し、私は家に帰った。



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