出会い
色褪せた遊具、砂場、塗装の禿げたベンチ。昼間だと言うのに人気がない公園に、一本の大きな桜の木が、そこの主であるかのように存在していた。
「この公園に来たのは、いつぶりかしら。」
確か、記憶をたどると大学入学依頼だったか。しばらく公園を訪れていなかったことに自分でも驚いた。
私はその大きな桜の木にそっと触れる。枯れてしまってもう桜の花は咲かせない大木であったが、私には桜の木のぬくもりが伝わってくるように感じた。
あれから15年が経とうとしている。今日は留学前にもう一度この木に会いたくて、私は公園を久しぶりに訪れたのだった。
そう、あれは15年前の春のことだった。
※ ※ ※
私のウチの近所の公園には、樹齢100年を越す大きな大きな桜の木がある。
これといった遊具もない寂しい公園だが、小さい頃はよく家族でここを訪れてはボール遊びやお花見をしていた思い出の場所でもある。
そんな公園の片隅で、小学生の私は決まって放課後ここで絵を書いていた。
まるですべての雑音から逃げるかのように人気のないこの公園に来ては趣味の絵を描いていた。一人の時間。でもそれは私にとっては自分を表現できる楽しい時間だった
学校には居場所がない。友達もいない。
そんな私の元に数日前から客が来るようになった。
色素の薄い儚げな少年。年の頃は自分と同じくらいだろうか
「今日も来たんだね、咲」
「あ…今日も来てくれたのね」
「今日は何を描いているの?」
「今日はここを通る人の絵を書いてみようと思って。」
私が描いたスケッチを見て、少年は感嘆の声を上げる。
普段は学校の誰にも絵は見せなかったが、この少年にだけは不思議と見せることができた。
「流石に上手いね。僕のも描いてほしいなぁ」
「もちろん。じゃあ、そこに座って」
指し示された場所に少年が座るのを見て、私は早速にスケッチブックに描きはじめた。
※ ※ ※
少年と出会ったのは5日ほど前の春のある日だった。
「こんにちは」
「…こんにちは…」
(変な人…)
「絵…うまいね。」
「…どうも…。」
ニコニコと屈託のない笑みを見せられて、私は戸惑いを覚えた。
学校の同級生はたいてい自分を見ると「なにを考えているのか分からない」など言って気味悪うがって近づいては来ない。
だが、少年は警戒する私をよそに、一方的に話しかけてきた。
「君はお友達と遊ばないの?せっかくの公園なのに。一人?」
正直、友達がいない自覚はあった。嫌われているのも感じている。だからこの公園で時間を潰しているわけだが、まさか直球でそんなこと言われたので私は戸惑いつつも答えた。
「…うん。友達は…いない…から。」
「いないの?一人も?」
「…うん。私…絵を描くのが好きで…一人が…いいの…」
「そっか。僕も一人なんだ!ここで絵を描くところ見ててもいい?」
それは不思議な笑顔だった。
小学校の時、私はクラスでは浮いた存在だった。同世代の友達からは気味悪がられ、みんな自分を遠巻きにしか見てくれなかった。
あれはいつの時だっただろうか。休み時間で教室はがやがやとしていたが、私はそんな喧噪を聞きながら一人絵を描いていた、
そんな自分にクラスのリーダー格である遙が他の女子を従えて大きな声で言った。
「咲っていつもきもいよねー。」
それに同調するかのように、他の女子がこれ見よがしに言い始めた。
「わかるわかる。いっつも絵を描いていて。」
「何考えているか分からないし。勉強もしないで気楽なもんだよねー」
「それに比べて遙は受験に向けて頑張ってるもんね」
「まぁね。ま、絵を描いて現実逃避してる不気味ちゃんには関係ないか。」
「だねー。」
最初は寂しかった。人の輪に入りたかった。
だけどあったのは拒絶だけで、咲はそれから逃げるように絵に没頭していった。
そんな出会いをしてから、毎日この名も分からぬ少年は公園を訪れてくるようになった。
だけど会う回数が増えるほど、少年に合うのが楽しくて、学校が終わると一目散に公園にかけていった。
少年は私と同じくらいかちょっと年上に見えた。
毎日顔を合わせているが、詳しい話はできず、少年がどこの学校にいるのかも、住んでいるところも分からなかった。