異世界の子どもたち(1)
「ここティルナフォム教会はですね、教会の仕事とは別に日中、地域の子供たちを預かって面倒を見ているんですよ。まあ子どもたちにフォム教の教えを広めるという目的があるんですけどね。」
廊下を歩きながらシーラさんが説明をしてくれる。
ところどころの窓から光を取り込み神秘的に輝く石造りの白い壁はいかにも教会って感じだ。
俺は実際に教会に行ったことはないのであくまでイメージだが。
「農業の繁栄期などは忙しくなるため子どももたくさん来るんですよ。」
ふむ・・・寺の横に保育園があったりするみたいな感じだろうか。
「あ、ここです。」
シーラさんの入った廊下の途中の部屋に入る。見たところキッチンのようだ。
かまどや食器棚が見受けられる。なんとなく察してはいたが冷蔵庫はなかった。
ここには機械というものがないのかもしれないな。と思いながらポケットのスマホを取り出す。
時刻表示は午後3時35分。さっき時刻を確認してから体感で20分くらいは経過していると思うのだけど・・・アンテナも圏外だし電波時計は役に立たなそうだ。
「これを持っていくのを手伝ってください。」
シーラさんが緑色の桃みたいな見た目の果実の入った籠を渡してくる。
「これ、なんですか?」
「グリントスの実です。甘酸っぱくておいしいですよ。というか・・・子供でも知ってる果物だと思うんですけど・・・」
シーラさんが不審げな顔をしている。
子どもでも知ってる・・・リンゴとかミカンみたいなものなのだろう。
「・・・ニッポンにはなかったんだよ。」
「そうなんですか・・・ニッポンというところは、あまり土地が豊かではないんですね。」
なんだか一人で納得してくれたみたいだ。まあ嘘はついてない。
土地が豊かじゃない地域も結構あるのかもしれないな。
ニッポンはグリントスの実も手に入らないようなところだと思われただろうが、それでいい。
出る杭は打たれるのだ、この世界がどういうところか分かるまでは大人しくしておこう。
ウンウンと心の中で頷いていると。廊下の方からイライラしたような少年の声が聞こえた。
「おいシスター、遅ぇよ!いったい何やってんだよ?」
振り向くと不機嫌そうな顔をした5歳くらいの少年が立っていた。青みがかった灰色の髪に生えているのは・・・犬の耳だろうか。尻尾も見て取れる。
「ご・・・ゴメンね、ロキくん。」
どうやらこの犬少年はロキというらしい。なんだかシーラさんが怯えているように見える。
「ん、アンタ誰だ?見ない顔だな。・・・まさかシスターの彼氏じゃねーだろーな?」
犬少年が俺をにらみながら言う。なんだか焦っているようにも見える。
ああ、この子は、おそらくシーラさんのことが好きなんだろうな。
シーラさんの方にチラリと目ををやる。自身のふわふわした毛と同じような白いふわふわのパーマの頭をかしげてキョトンとしている。気づいてないんだろうなぁ・・・
「お、おい!なんとか言えよ!」
無視されたと思ったのか怒って言う。
「あ、ああゴメン。俺はヒロトっていうんだ。よろしく。彼氏じゃないよ。」
「そ、そうか!」
ロキくんが一瞬ホッとした顔をする。
「それにしてもヒロトォ?弱そうな名前だな!オレサマはワーウルフのロキ様だ!」
さっきまでの余裕たっぷりな顔に戻りニヤニヤしながら言う。
それにしてもワーウルフ・・・犬じゃなくて狼だったのか。シーラさんは羊だから狼のロキくんに本能的に怯えてるのかもしれない。不憫な恋だな・・・
「こらっ!ロキくん!お客さんに対して失礼でしょ!」
シーラさんがロキくんを叱る。
「る・・・るっせぇ!バーカー、バーカー!早くおやつ持って来いよな!」
叱られて、言い返せなくなったのかロキくんは捨て台詞を吐いて廊下をかけていった。
「まったく、口が悪いんだから・・・」
「とにかく持って行ってあげましょうか、待っているみたいですし。」
「そ、そうでした待たせてたんでした!急ぎましょう!」
俺とシーラさんはグリントスの実の入った篭を持って子どもたちの待つ部屋へ向かうのだった。