42話 魔術温泉にて玉璽様を蕩けさせてしまってもよいだろうか
「なによりフォースタス殿の申し出ならば」
「ふおっ」
変な声出ちゃった。
だって、ざばざば湯船から上がって、玉璽様がびしゃりと脱ぎ捨て床に落ちたキグルミ。
その下に、なんでなんにも着てないの!?
《# 大胆すぎます玉璽様ぁぁっ! なにも隠すものは無いとばかりに堂々しすぎですぅ……っ!》
落ち着けモッチーっ! 玉璽さまは、ほら! トーナメント優勝の時に『十二斂魔王』に俺を任命した、
いわばサカヅキを分けあった兄妹分みたいなものだし!!
つまりはザ・身内!!
この俺に親戚の子供みたいなものなので、動揺は一切ないと思ってもらいたい。
いいね?
一糸まとわぬ姿となった、等身大の妖精のような玉璽さまは、再び湯船の縁まで歩み寄り、
「そもそも、これほどに莫大な量の水がすべて熱せられ、温められた湯だというのですか……?
なんという無駄……」
温泉に対して、ものすごく斬新な解釈……!
……が、しかしこれは、まさか、あれなのだろうか。
いわゆる、異世界に我々の文化が、こう、びっくりされて、やみつきにさせてしまうヤツではないか!?
イエェス! 努めを果たそうじゃないか。
「いえいえ玉璽さま。本当にこれが無駄かどうか判断するのは、
自分で実際に確かめられてからにしませんか……?
きちんとそのまま、裸で温泉を堪能しないままなのはフェアーじゃねいですよね」
「この湯に再び身をひたしたからといって、なにがどうなるとも思えませんが……それもそうですね」
そして不満げに風呂の縁に膝からしゃがみこみながらも、
かき混ぜるように手の先をゆっくりと湯船に沈める妖精少女。
「んっ……っ」
「熱かったですか? ここ、一応ぬるめなんですが」
「い、いえ……」
玉璽さまは態勢を変え、座ったまま、今度はつま先からお湯の中に浸していく。
「な……なんてことはありません。少し変わった水浴びのような、ものでしょう」
「魔族に入浴というか、湯浴みの習慣は無いんですか?」
「聞いたことはありません。身体の汚れは魔術で除くことができますので……」
来たァァ……ッ!
ここは存ッ分ッに玉璽様に温泉文化を堪能してもらうターン!
太ももまでお湯に入った玉璽様の胸が、呼吸に合わせて大きく膨らむ……!!
よっしゃ! 驚いてる! 驚いてる……ッ!
キグルミ越しじゃ味わえるはずがない……!
お湯にちゃんと浸かったことがないなら、びっくりするはずなのだ。
そう、
やさしくじんわり、ほっこりと。
身体が外部から優しく温まっていくという状態を感覚したことなければ、この快楽、五感が混乱して当然……!!
「玉璽さま、足だけじゃ意味無いですから。しゃがんで、肩まで入ってください」
「い、いわれなくても、そうします」
お風呂の縁沿いに、玉璽さまは後ろ手に浴槽の壁を触りながらも、静々と身を沈めていく。
よし……よしよしよしっ!
「玉璽さま、そんなガッチガチにならなくても、大丈夫ですから」
「……いたしかたないでしょう。なにも身につけていないばかりか、
この湯が冷めようとしないのです。や、やはり量が、多すぎるのです」
「でしたら、このお湯の量は無駄じゃないでしょう? まあ、我慢できず無理だったら、出てもいいですから」
「我慢できないとは、言っていません」
背もたれ的な湯船の端っこに背中を付けて動こうとしない玉璽さま。
フフフ、それこそ無駄無駄、無駄なことよ。
この温泉は、床暖房的にすべての石材がぽかぽかと温かいのですぞ……!!
「とはいえ、私にはこの意味はまだわかりかねます。
こんなところでは、フォースタス殿のようにくつろぐことは、その――……」
「どうしました」
眇めるように俺をにらむ玉璽さま。
「……とぼけても無駄です。フォースタス殿? いたずらはやめていただきましょう。
今すぐに、この私に対する魔術の解除を」
「は……?」
ま、魔術? いや、そういうインチキは……
「は……早く。冗談は、やめるのです。ただちに中止を、フォースタス殿」
「いや、俺、まじでまだ、玉璽さまになにもしてないんですけど……」
「いえ、フォースタス殿なら可能なはずです。このように全身から力が抜けるような魔術が。
闇属性ですね……? さきほどからじんじんと不思議なしびれが手足を覆い、
みるみる身体を侵食しようとしています。はやくおやめください」
「いえ……玉璽さま。闇属性とかではなく、それはただ単に、玉璽さまの身体が、お湯であったまってるんです」
「そ、そんなはずはありません。ゾンビや冷血ではないのです。
私には充分な体温があり――……いえ、そうですね……はい、……湯の温度が、わたくしの体温以上ならば、
こうしてお湯で、肉体が温まるという道理は、わかります。ですが、解せません」
玉璽さまは、濡れた両手、両指を見ながら、
「ただのお湯が、こ、このような……」
クククク……、ただのお湯じゃぁ、ないんだがなぁっ!
ここは魔術温泉『フィストの湯』。効能についてはモッチーの太鼓判も押されてるんだけど、
今は単純に入浴の効能に親しんでもらったほうが良いはず。
「それは玉璽さまが思っている以上に、ご自分のお体が冷えていたというのも、あると思います。
最初に湯に手を入れた時にぴりっと来たのはそれが原因かもしれませんし、
身体が暖かくなってほぐれていく感触に戸惑っても、しかたないですね」
「冷えが、ほぐれて……?」
「そうです、受け入れてください玉璽さま。この心地よさを。それが温泉というものです……!」
「で、ですが私は、玉璽という立場上――」
俺は、ぱしゃっとお湯の上に腕を持ち上げ、
「裸になったら、外のことは持ち込めません。それが温泉というものなのです……!」
「……わかりました」
そして初めて大きく息を吐く、裸の妖精少女。
「……身体が、どんどんと広がっていくようです。不思議な心持ちです」
「ぎょ、玉璽さま……?」
言いながら、産毛に覆われたエルフ耳を持つ少女は、バランスを取るように俺へと腕を伸ばし、
「手を。フォースタス殿、早くにぎるのです」
俺が差し出した手が、予想以上の力で掴まれる。
「まるで溶け出すようだったので」
玉璽さまが、薄く笑っただと……!?
《# どうやら玉璽さまは、すっごく温泉が気に入ったみたいですねっ! ほら富士雄、
もっと玉璽さまを引き寄せてっ。もっと寄り添い合うように……!》
モッチーはちょっと黙ってて!!
「あなたは本当に不思議な方です。フォースタス殿。温熱による療養法……と言ったら良いのでしょうか。
湯に入ってくつろぐとは斬新です。湯など、今までありふれてあったものを、このように貯めて使うとは……。
……いえ、思い出しました。人族の間には、そのような文化を持つ地域があったとも。
ですが、それでもこのような場をつくることなど、本来は……」
「良かったら、いつでも入りに来てください。玉璽さまなら歓迎ですよ」
これ、成功じゃないか……?
温泉文化、やみつきになったでしょう確実にっ!
「……はい。魔族の皆も、このような革新的な場所があれば喜ぶと思います。ぜひ、あの城下町にも――」
ふいにざばっと立ち上がった玉璽さま。
いったん出るのかな?
ふむ。一気にあったまるのではなく、少しずつ、出たり入ったりしながら身体を暖めるのがいいということを、
本能的に知るとは、さすが……!
「フォースタス殿……」
「はい……」
「あやうく、ごまかされるところでした」
「え、ごま、か、……し? えっ?」
「確かにこの『温泉』はすばらしいものです。魔族の生活に新しい風を吹き込むことでしょう。
この施設は我々にとって二つとないものになるはずです」
あ、あれっ? なんか玉璽さまがおかしいっ!?
なんか、涙目で、俺を上から見据えて……
「ですが、やりすぎです。フォースタス殿」
押さえつけるように、俺の両肩を腕で抑えこんだっ!?
「ぎょ、玉璽さまっ?」
「私はフォースタス殿を『十二斂魔王』として承認した際に、
確かに『この宮殿と城下町に、対勇者の防備を整えなければ』と言いました」
「は、はぁ……」
「そしてフォースタス殿は確かに『それです玉璽さま!』とおっしゃいました。
……ええ……確かに、フォースタス殿には、様々なアイデアが湧いてきているのでしょう」
玉璽さまは、俺に向かって身を乗り出し、しとしとと後れ毛からしずくを垂らしながら、
「しかし、これはどういうことですか?」
「お、温泉だめだったですか!?」
「ちがいます! この温泉ではなくて! これはいいとしましょう! ですが、ですが……!」
俺の腕をおもいっきりつかみ、引っ張るようにして妖精少女はざぶんざぶんと温泉の端まで移動!
「私はここまでやれとは、言っていません……っ!」
「玉璽さま、あぶなーい!!」
急に立ち上がってじゃぱっと外側に向かって身を乗り出す玉璽さまを、
思わず後ろから支えてしまう。
なぜなら、
実はここ、この温泉。
こないだの夜にモッチーといた露天風呂なのだが、場所は同じなのだが、位置が違うのだ。
地上、およそ650メートル。
今や、この『十二斂魔王宮』は、東京スカイ◯リーのてっぺんとほぼ同じ高さに位置している。
なので、落ちる、危ない。
「なんなのですか、これは……!」
「いや、だから、きたるべき日に備えようかと思って……」
「フォースタス殿は、やりすぎなのです……っ! この『特都』が、
『特別聖域監視都市』が、もはや原型をとどめていないではないですか……!」
☆やりすぎ魔王フォースタス!? いったいなにが……!?☆
勇者救出まで、あと 2時間 49分 22秒




