41話 十二斂魔王になってから初めての温泉回をいただいてもよいだろうか 前半戦 ~ 玉璽さまの場合
場面は前話、40話 第2章プロローグより、3時間ほど前からスタートします。
少しの間ですが、十二斂魔王となった富士雄の、魔王的日常を描いて、
その後に、プロローグの場面にジョイントという塩梅。
つまり、それまでは日常回……いや、
これから始まるのは、無事に魔王になった主人公への、ご褒美回!!
第二部本編、始まります!
「くぅあああー……はぁぁっ」
ざばっぷりと、
俺は『十二斂魔王宮』の一角、フィスト家区域、その城上部に作った魔法温泉――
俺的通称、フィスト温泉『魔術の湯』に顎までつかった。
「ふぁあ………」
青く清澄な空に目を閉じ、顔を拭う。
やっぱり昼風呂、罪深いです!
「いやぁ……しかしマジで時間が足りなすぎるんだがぁ……っ」
俺が魔族十二家の代表である『十二斂魔王』となり、あのコロシアムで、
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「勇者をここに呼ぶのですか?」
「そのつもりですけど?」
「十二斂魔王がそのように言うのでしたら構いませんが、じゃあ、防備を整えなくてはですね」
「っ……!!」
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みたいな玉璽さまとの会話をしてから、だいたい丸一日と半分が経過していた。
勇者到着まで、俺の視界の中の表示では、あと13時間。
《# お疲れ様です、富士雄っ》
「おー、おつかれモッチー……」
ん? 【情報化視界】の中で、モッチーがもじもじしてる?
また一緒に入りたいのかな?
いいよ?
《# どうしたんですか富士雄、そんなに顔をしかめて。
ちょっとご機嫌ナナメなんですか?」
「えっ? ……あ、顔、しかまっちゃってた? いやいやいや、これ、ちがうからっ!
ニタニタしないように顔引き締めてただけで……」
《# な、なにか、あったんですか?》
「え、えっと、なんかその、理由的なのは、2つあって……」
本当は3つだけど!! 3つめは言ったら、また野獣だのなんだの言われちゃうから、秘密にしておきつつ……
俺はできるだけ、平静を装って右手をフラフラ振り、
「実はさ……ほら例の、俺が元の世界でサラリーマンしてた時、プレゼンの席で……
ゴリラボールを飲み込んで窒息死した時の……その前後の記憶が、だんだん戻ってきたみたいでさぁ……」
《# ふ、富士雄っ! PTSDですかっ!? ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー
ですかぁっ!?》
「モッチーそれ、わかりやすくなってないから! 別にトラウマじゃないし! なんていうか……」
俺は【情報化視界】の中のモッチーのほっぺをぷにぷにつっつき、
「こんな、充実した仕事ができて、昼からお風呂に入れて、幸せだなぁ……って」
《# そ、それなら、よかったですが……。でも富士雄はそれだけのご褒美がもらえること、きちんとしています! 富士雄が十二斂魔王になって、とってもよかったって、私は本当に思ってるんですよ……?
いいこいいこです! ですから……なにかあったら、これからもこの私に、すぐになんでも言ってくださいね》
俺はコクコク頷いて、モッチーを安心させる。
湯船の中で、こんなに満たされていいのかとすら思ってしまう。
なにしろ、十二斂魔王になれてカセが外れたからなのか、念願の子ども達のための、おもちゃ作りアイデア、
頭のなかにどんどん溢れてきて止まらないんだぁぁぁ……
「ふぅわぁぁ……っ」
それと同時に、俺はこれまでの魔族との経験から、おもちゃ作りと平行して、
『おもちゃ文化』とでもいうべきものを根付かせるために、
モッチーからもらったこの【玩具創造】を使うべきなんじゃないかとも、思い始めている。
前にいた世界で、やりたくてもできなかった、叶わなかったことが、でき始めている……ッ!!
子供を、夢いっぱいにしてやりたいんだ、俺は……。
俺の胸の中にある熱さは、温泉のぬくもりだけではなかった。
そんな想いを抱きながら、今はくつろぐ。
――俺とフィスト家の面々、あと玉璽さま率いる『十二斂会議』っていうのが、ここに迫り来る『勇者』を、
逆に、あの闘技場に招待…………もとい、誘い込む段取り、その準備に追われに追われ、
これからの予定もびっしりだったりするのだが、
今さっき、ようやく一息つける時間がぽっかり空いたのだ。
気を利かせて、休憩時間を作ってくれたのかな。
執事のヨーハンか、イケメン将軍フィリップあたりが。
「あー……」
目を開け、空を眺めながら、まだ見ぬ『勇者』のことを考えてみる。
『勇者』がどれくらいこっちの情報をつかんでいるかわからないが、
バラバラだった魔族、魔王たちは統一戦線を構築しちゃったし、なんか、
『人間たち』視点に立つと前途多難な気もするんだが……
「……っていうか、いやいやそうじゃなくて俺が『十二斂魔王』になったんだから、
勇者と一緒にこの温泉にでも入る感じで仲良くなるルート選ぶんだし! そのためにがんばったんだし!」
《# 富士雄ならきっとうまくいきます! 私、保証します!
勇者と一緒に、竹とんぼですっ》
「ありがとモッチー……っ!」
ああこのままモッチーこっちに出てきてくれないかなぁあああっ!
とか、やっぱり思ってみるのだが……
《# で、モヤモヤしてるもう一個の理由ってなんですか?》
モッチーったら素知らぬ顔なのね!
ともかく、俺は気持ちを切り替え、
「なんていうか……"旬問題"とでも言うべきなのかな」
《# 旬……? って、あの、今は大根とか、たけのこが旬の時期、とかの、旬ですか?》
「そそそ、その、なにかをやるべき時期ってやつ」
《# ???》
「こう……うまいこと伝えられるかわからないんだが、」
俺はびしょびしょと頭を掻き、ざぱっと湯船で顔を拭い、
「こっちの世界に来てから、俺、できること、やりたいことで溢れかえってるわけですよ。
それってすっごい嬉しいし、あれもしたい! これもできる! っていうのは、
超絶ありがたいことなんだけど、問題が一つだけあって……」
《# 問題……ですか? なんでしょう、想像できないんですが……》
「贅沢な話なんだけど、インスピレーションには時限があって……」
まあ、モッチーにまだキョトンとされるのは仕方ないかもしれない……っ!
「こう、なんというか、頭に沸いたことをすぐに形にするべく手を動かさないと、
一番大切な核みたいなものをおもちゃに流し込んで封じ込めることができなくなる気がしちゃってて」
もうここからは俺のわがままなんだけど、と、俺は苦笑し、
「俺、ただでさえ、十二斂魔王としてやるべきこととか、フィスト家魔王としてやるべきこととか、
勇者問題とかでも、どんどんアイデアみたいの沸いててさ、
そこで同時に魔術とかスキルとかおもちゃのアイデアも次から次に溢れてきて、
俺、今ほど自分が3人くらい……いや、あと5人くらい欲しいって思ったことないよ……?」
《# わ、わかりますその気持ちっ! 私も神様試験の前日とかに、あと自分が2人いたら、
1人は睡眠! 1人はゲーム! あとの1人でお夜食が食べたいって思ったりしました!!》
「1人でもいいから試験勉強しなよ! そのままじゃおもちゃの神様になれない!
困るそんなの頑張ってモッチー!」
《# 富士雄が満足できるための時間のやり繰り、私もがんばってみます!
魔王が忙しくておもちゃ作りができないなんて、本末転倒ですし、
そうですね……とりあえず、富士雄をサポートする有能な人材募集をしてみるとかはどうですか?》
「それアリ! 大切だよね? 王様が超忙しい時に、なんとかそれをサポートしてくれるシステム!
……あ、あれ……? なんだっけそういうの、あったよね確か! ポッカリど忘れしてる気が……」
「それはつまり『影武者』のことでしょうか、フォースタス殿」
「カゲムシャぁっ! そうそう! そういうのもあるの絶対いい! イイね!」
俺は、なぜか目の前で温泉に浸かっている玉璽さまの言葉に的を射たりと激しくうなずき、
「って、なんでここにいるんですか玉璽さま」
「影武者の件は、さっそく『十二斂会議』の方で手筈を整えさせます。
探しました、フォースタス殿」
露天風呂から昇る湯けむりの先。
湯船の中の俺を、覗きこむように見下ろすように現れていたのはテディベアのキグルミ妖精。
ぬげよ!
キグルミがお湯を吸ってぐっちょぐちょじゃねえかよ!!
「今回は少々、フォースタス殿に言いたいことがありまして」
「お、俺に言いたいこと?」
「それよりも、まずはお聞きしたいのですが」
ちょっと照れる。だって玉璽さま、しげしげと訝しげに俺の全身を見つめてきてる。
「このように生暖かく奇妙な場所で、さらにはそのような姿。
いったいフォースタス殿は、なにをなさっているのですか?」
「それはこっちのセリフですが玉璽さま! 普通キグルミ脱ぎますよね?
そういう判断しますよね!?」
「……つまり私に、お気に入りのこれを、脱げと?」
「いえいえ、まあ、できないんでしたら――」
「なによりフォースタス殿の申し出ならば」
「ふおっ」
変な声出ちゃった。
だって、ざばざば湯船から上がって、玉璽様がびしゃりと脱ぎ捨て床に落ちたキグルミ。
その下に、なんでなんにも着てないの!?
■玉璽さまは、いったいなにを……!?
勇者救出まで、あと 2時間 49分 22秒




