37話 口で言ってもわからないなら魔王二人を童心に返してもよいだろうか
邪神官ハリビュールは、すでに堕ちていた。
「なんでございますの……? この、このふわふわした気持ち……。
尾てい骨の底から沸き上がるむずむずが、止まりませんの……!」
エロ魔王、すでに目がハート!!
無邪気に馬の上で姿勢を変え、メリーゴーランドが与えてくるウキウキを
きっと、自分の気持ちと肉体に素直な分、抵抗できなかったのだろう!
魔族は、幼い感受性多感な時期を一足飛びにして、成人の精神を手にいれるという。
しかしそれは感受性が低いということを表さない。
逆に、チャンスさえあれば、それは幼い頃に乗り越えていないぶん、
いつでも発現してしまうということなのだ!!
たぶんな……!!
「そ、そんな……! まさか、あのハリビュールが!?」
「もっと……、もっとでございますわッ! もっと激しく……回してくださいませぇっ」
「それだ! それが楽しいだ! 童心を取り戻したようだなハリビュール……!
もっと言ってみろ! 『楽しい』と!」
「待て! 目を覚ませハリビュール! これはこの人間の卑劣な精神攻撃だ! 正気を取り戻せ!」
「無駄だメイ・ファー。童心は、子どもの心をきちんと見つめる羅針盤。
子供を見守り、未来へ導く役目を持つ大人がそれを完全に失ってしまったら、
子どもは安心しておもちゃで遊べなくなってしまうのだから……!!」
俺はいっそう、動力滑車を回す手に力を込める!
『まったくもってフォースタス・フィストの言っている意味がわかりまセェーンッ!!
これは本当に、魔術狂フォースタスの精神攻撃なのか!?』
「い……今までに感じたことのない心持ちでございますわぁっ! これが、童心っ!
この開放感……、呼吸をするのも『楽しい』というものなのでございますのね……っ!!」
全身網タイツ魔王はもう、紫色の瞳をキラキラ、メリーゴーランドの上下運動に身を任せ、
観客たちに激しく手を振っている!
ほんとたのしそう!
「おのれ……なんということだ……。
ハリビュールの中に編みあげられていた緊張の糸がバラバラになってしまっている!」
その様子に、メイ・ファーは下唇を噛み、
「ああなってしまっては、もう『十二斂魔王トーナメント』を続ける気迫と気合は、元にはもどらないッ!
奴はもう、戦えない……!!」
「え? そ、そうなの……?」
緊張が解けちゃったってことかな?
「こうなったら、我はあのハリビュールの分まで、戦い抜いてみせる!!
我はこのメリーゴーランドなどというモノには絶対に屈しない!」
おもちゃ屋としてのプライドに、真っ向から挑戦してくるようなそのセリフ!
「なに……?」
俺の脳のシナプスに激しい交流電流が流れこむ!
「なら、これはどうかな……?」
俺の手に握られる、うねる魔素樹形図の剣が荒ぶった。
「……あっ」
ふわりと、メイ・ファーの乗った木馬が、浮く。
短時間ならば、今の俺でもなんとかなるはず……!
「俺のメリーゴーランドは今、メリーゴーランドを超える……!!」
俺の【魔素樹形図】がその時生み出していたのは、メイ・ファーの【重力強大化】。
彼女が本能的に下方向へ使っていた力の向きを、
スキル構成樹を逆方向へ形成することで反転。
さらに【玩具創造】で同時にメリーゴーランドをぷかぷか使用に改造しながら、
――まさにメルヒェン!!
浮かぶメリーゴーランドを実現させたのだ!
「はぁぁぁぁぁ……んっっ! こ、こんなぁ……っ」
度肝を抜かれた表情のメイ・ファー!
わずかな間なら【重力強大化】を応用し、
こうして空中浮遊的な使い方でも、なんとかなる……ッ!
「言わない……言わないっ!!」
だが効果はてきめんだ……ッ!
メイ・ファーは、足をばたばたさせ、首をいやいやしながらも、おしりをもぞもぞ、
瞳、輝いてるの、俺にバレバレなのだった!!
「我は言わぬぞ……! 我はファー家の魔王! 絶対に、他の魔王に……人族風情に、屈したりせぬ……!」
「無理はよくないぞメイ・ファー。
本当は、ハリビュールのように笑い出したくなるくらい楽しいんだろ……!?」
「んんっ、くぅぅ……っ! ちがうっ! 楽しくなど、ない……ッ」
「ほらっ! ふわふわーっ! ふわふわーっ!」
「楽しくない……っ! 楽しくなんか、ないいッ!!!!」
俺は、よりメルヘンチックに、くるくるとメイ・ファーの木馬を、
周辺のメリーゴーランドのインテリアを音楽に乗せ、キラキラさせた!
「ぁあ……こ……こんな……っ」
『がんばれー! がんばれーメイ・ファー!!』
『メイ・ファーさまー! がんばってー!』
『根性ですぞメイ・ファーどのー!』
スタンドの観客達、特に親衛隊たちは、必死にメリーゴーランドの魅力にあらがう
魔王にエールを送り続けている!
だが、
「こんなの、も、もう、決まってる……」
メイ・ファーの顔、真っ赤なんだが!
彼女はポールを握りしめる両手にすがるように、うめく。
ファー家の魔王の表情は、もう、幼子のそれ……ッ!!
「おのれ……このようなもの、た……楽しいに、き、決まって――」
『そこまでです』
「ッ!?」
突如響く玉璽様の声……ッ!?
「……ぐっ!」
俺は浮かび上がらせていたメリーゴーランドを元通り構成しなおし、床に着地させる。
「はぁッ、……はぁ、……はぁ、……はぁ」
正直、俺もギリギリだった。
正しい使用方以外のスキル行使、しんどすぎる!
同時に俺の視線は、そのままスタンド高所にいる玉璽様の視線を追っていた。
闘技場の一角。
白い一本のタオルが、投げ込まれている。
投げ込んだのは、ロマンスグレーの髪をオールバックにした男性の執事。
執事服の上に、『メイ・ファー命』と書かれたハッピみたいの着ている!!!
「親衛隊ってファー家の面々だったのかよ……!!」
しかもあのラブライ◯ー達、なんかみんな、泣いてるし!!
ともかく、ファー家の執事が投げ込んだあれは、ギブアップを示すタオルとかに違いなく……!!
「メイ・ファー様ァッ! ご立派! ご立派じゃったァァ!!」
「もういいんですメイ・ファーさまぁああ!!」
「あんたは世界一の魔王だよぉおお!!」
「我々のために、我々のために、あなたって人は……!!」
おおお……なんというか……
ファー家、仲よきことは、良きことかな!
「しかし、これでメイ・ファーも心を入れ替えただろう……たぶんな……」
しかたない。これに免じて、とりあえず今日のところは、クラーラとリーゼルのことを許してやるとするか……
『メイ・ファー並びにハリビュール・ビート、戦意喪失! よって十二斂魔王トーナメント、優勝者は』
「……おお?」
そしてその瞬間、
『フィスト家魔王、フォースタス・フィストォォォォッ!!!』
俺の十二斂魔王が決まった。
勇者到着まで あと 46時間50分38秒




