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ぼくのなかの、きみのなかで。  作者: 妄想ねこ
第1章
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「曲想」-Ⅰ

 「うわー。うわー。なんか楽しみー。テンション上がってきましたよぉ~っ。」 


 夏帆さんがれっつらごーと拳を突き上げる。

 緊張に震える手で玄関ドアのバーハンドルに手を掛ける。

 我が家に帰還するのにこれほどまでに緊張するのは後にも先にもこれが初めてだろう。

 なぜならぼくは今、人生で初めて女の子を部屋に招こうというのだから。




 なぜこの状況になったのかを説明するには少し時間を遡る。

 もはや毎年の恒例となった「今年は過去最高の暑さでしょう」のニュース通り朝からジトジトとした湿気混じりの暑さのなか借りていたCDの感想を話し合っていた。

 一通り感想を伝え終えてさあ次の交換会(互いにCD聴き終えたら返す時にまた新しくお勧めのものを見繕ってくるのがぼくらのなかでルーチンとなっていえる)へと差しかかったところでだ。

 ぼくが新しいものを持ってくるのを忘れてしまっていた。


 「え~・・・えーーーーーーーーーー!! ちょいと最近どうしたのさ!! おっちょこちょいすぎるよお。ジャ、ジャージ貸したばかりじゃんかあ。」


 それを言われると弱い。


 「ご、ごめん・・・・・・。」


 「う~ん。交換会をちょうちょうちょう楽しみにしていた夏帆さんはおこりました!!そして決めました。放課後、想太くんちで音楽鑑賞会スペシャル特大号~全部見せちゃいますスペシャル・ポロリもあるよ~を開催します!!」


 「はい? ぼ、ぼくの家で!?」


 「だめ?」


 果たして夏帆さんに両手を合わせながらお願いビームを放たれて、躱すことのできる人間が存在するだろうか。いや、いない。


 「だめじゃないけど」


 「じゃあ決まりだね! このままじゃ想太くんが永遠に忘れ続けて因果の糸に囚われちゃうから、今日ここでその糸を断っちゃおう♪」


 返答を待たずスキップで教室へ向かっていく夏帆さん。

 今日はサイド部分が編み込まれたヘアアレンジをしており、その三つ編み部分がぴょんぴょこ跳ねる。

 生暖かい風が頬を撫でつける。

 大変なことになってしまった。

 ぼくの人生経験をすべてを賭して臨むべきイベントだぞこれは。ポロリもあるらしいし。

 ごくり、と生唾を飲み込む。

 授業の間に放課後の立ち振る舞いを考えておかねば。





 と、いうことなのである。

 心は極限まで緊張している。が、それがバレるのはあまりに恥ずかしいので打開策を見出すことにする。

 自分には感情がない、と3回脳内で暗唱する。そんなものは母のお腹のなかに置いてきたのである。

 ワレハロボット、ワレハアンドロイド、ワレハターミネーター。

 そらが親指を立ててマグマに沈む光景が脳裏に浮かんだ。


 「無理すんな」


 かっけえ……。

 たしかに多少緊張してても自然なシチュエーションのはずだ。変な粗相をしないようにする方向でいこう。

 ハンドルを引く。

 靴の数を確認する。親は、いるな。いたしかたない。どのみち引き返すことはできない。

 普段は適当だが今日ばかりは丁寧に靴を揃えて配置する。

 夏帆さんもそれに倣う。

 夏帆さんがおじゃましますの一言を放つ前に、人差し指を口元に当てて意思疎通を図る。

 廊下をそろりそろりと足音を殺して歩く。別に足音を殺して歩くのが癖になっているわけではなくて、家族に女の子を連れ込むところを見られるのはどうにも気恥ずかしい。

 さて、自室へ辿りつく手段は1ルートしかない。このまま玄関から廊下をつっきってU字の折り返し階段を上る。上ってすぐに左手がぼくの部屋だ。しかし階段までたどり着くには堂々とドアの開け放たれたリビングをスルーする必要がある。そしてリビングにはまず間違いなくぼくの母親がいる。

 つまりはこの一本道をやり過ごすことができるか、できないかの勝負というわけだ。

 フローリング床の軋みを考慮してすり足で移動する。さらにスクールバッグが弾んでしまわないように片手で腰に押さえつけるようにしておく。

 カチャカチャとリビングのなかでなにやら洗い物をしているらしい音が響く。それに夕方のニュース番組でキャスターが原稿を読み上げるも。続いて外を走るバイクの走行音が聞える。

 普段は意識していなかったがこんなに音が通るのか、と気づかされる。

 これではリビング前からダッシュで駆け抜けるパターンAは使えない。2人分の足音が母の耳に届いてしまえば2人分である、ということを聞き分けることは難しくなさそうだ。

 作戦変更。所要時間は増えてしまうがこのまま音を鳴らない方向のパターンBでいこう。

 リビング前で一度立ち止まる。

 中の様子を伺う。よし。まだ洗い物をしている。問題は近年の台所は主婦の方が洗い物をしながらでもテレビを見ることのできるようにと設計されており、廊下を通るとき母がテレビに視線を向けていれば視界に入ってしまいかねないこと。

 さいわい洗い物の量はさして多くない。

 じっくりと状況を確認しつつベストなタイミングで移動したいところだが、夏帆さんをいつまでも待たせるわけにもいかない。それに「人の気配」的な自分では制御しようのない母の感覚に依存した理由で勘付かれる可能性もある。次に母が視線を反らしたときにパターンBを決行しよう。

 母が食器を洗い終えた。

 エプロンを外し、ソファへと足を動かす。

 母と目が合う。

 うむ。当然の結末といえる。

 リビングを覗くとき、リビングもまたこちらを覗いてるのだから。





 「あら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。」


 果たして、夏帆さんを見つけた母の言葉はそれだけだった。

 夏帆さんのほうといえば45度の見事なお辞儀して


 「どうも、柏木夏帆と申します。想太くんとは学校のお友達で、お世話になっております。本日はお友達の想太くんにお呼ばれしまして、おじゃまさせていただきます。」


 と、笑顔で大変行儀のよい挨拶をかましてくれた。

 やけに強いアクセントでお友達と2回も強調してくれた。

 しかもさりげなくぼくが呼んだことになってるし。

 それに対して母も小学校の時に男友達が家を訪れたときとなんら変わりのない親としての事務的な対応のみだった。


 「じゃ、じゃあぼくの部屋こっちだから」


 「それでは、改めておじゃまします。」


 若干肩透かしな気分だがまあ良い。

 うちは特段家族仲が悪いわけでもない。

 アニメやドラマの世界だと息子の恋人に対してちょっかいを出してちゃっかり女同士仲良くなったりして彼氏である息子のほうがなんとなく居心地の悪さを感じて、みたいなのが定番だと思っていたが現実はそうでもないようだ。 

 かといってその場で長々と居座って居心地のいいものでもないので、いよいよもって自室に招き入れることにした。

 これといった会話もなく階段を登ってドアを開け放つ。


 「ほーほー。これが想太くんのお部屋かあ。ほーほー。」


 夏帆さんがフクロウみたいになっている。


 「意外と綺麗だね。男の子の部屋ってもっと散らかっているのかと思ってた。」


 よかった。悪い評価ではないようだ。


 「わたしは部屋片づけするのがちょっぴり苦手だから悔しいな。それにしても想太くんのおかあさん、感じのいい人だったねー。」


「そうかな。別に普通だよ。」


 沈黙が流れる。

 場をもたすためにエアコンを付ける。


 「まあ取りあえず座りなよ。」


 勉強机の椅子を勧めてみる。


 「い、一応こちらが客なので」


 こちらの緊張に引きずられてか夏帆さんも少し緊張した面持ちで床に正座する。


 「座布団、あるから使いなよ。」


 2枚重ねて差し出す。


 「こりゃどうも。」


 ちょこんと座布団に座って膝に手を置いた。

 夏帆さんの目玉がきょろきょろ動き出す。

 本当は顔ごと動かして部屋中を見まわしたいけど我慢しているといった具合だ。


 「部屋、気になるの?」


 「ふんふんふん!!」


 赤べこの顔を弾いたときみたいな感じで何度も頷く。

 そんなに気になるのか……。


 「たいしたもの何もないけどね。そんなに畏まらなくてもいいよ。」


 「ん。ありがとう。」


 といって正座は崩さない。

 いや、よくよく考えたら制服のスカート足崩すのは無防備すぎるか。

 などと、自省していると


 バタン!!


 いつも以上に大きな音を経てて家のドアが閉まる音が響いた。

 気を使われたらしい。

 当然、夏帆さんにも聞こえていたようで再びの沈黙。時間の流れが遅く感じる。

 今日は土曜で午前授業だったためまだ日は高い。それだけぼくの放課後力が試されているということだ。

 二人きりであることをいやがおうにも意識させられる。なんだか自分の部屋なのにそうでないような感覚だ。

 そもそも今日何しに来たんだっけ。

 そうだ音楽鑑賞会だ。音楽聴くだけでこんなに緊張する必要はないはずだ。


 「じゃ、じゃあ聴こうか。」


 我ながらなんて下手くそな会話の運びなんだ。

 だけど本来の目的である音楽鑑賞さえ始めてしまえば聴く→感想のサイクルで話の種には困らないはずだし鑑賞中は黙っていてもいたって自然だ。


 「うむ。」


 といって夏帆さんは動かない。

 と思いきや急に立ち上がった。なぜかロボットみたいにカクカクとした動きで。


 「ぴんぽんぱんぽーん。本日の予定を変更します。」


 「あえ?変更ってどういう……」


 「ふっふっふー。それはですね~、イ・イ・コ・ト♡かなっ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる夏帆さん。

 はたしてその頬が赤く見えるのは日差しのせいだろうか。

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