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ぼくのなかの、きみのなかで。  作者: 妄想ねこ
第1章
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「情想」-Ⅱ

 「自分は夢を観ている」ということを自覚することのできる夢を明晰夢と呼ぶ、と以前本で読んだことがある。

 これは明晰夢だ。

 はっきり夢であることを自覚し、思い通りに手足を動かすことができる。

 面を上げると見覚えのある白い髪の少女がいる。

 少女は誰もいない教室の、主を失った机の上に腰掛けており、シチュエーションに合わせてか律儀にセーラー服に身を包んでいる。

 はじめて会った時には気がつかなかったが、スカートから伸びる脚は誰にも踏まれていない雪のように白く、そして細い。身体を構成するパーツ諸々が小さく静謐で神に造られたかのような非現実的な存在感を放っている。しかし同時にどこか家族のような根源的な温かみも感じさせている。

 窓は締め切られているにも関わらず、内巻きのボブヘアがゆらゆらと揺れていた。

 学校全体を閑散とした雰囲気が覆っており、確認せずとも校内にはぼくたち以外誰もいないことが直感的に感じ取れた。

 夕日に照らされた白い髪の少女が微笑む。


 「うん。よかった。また会えた。」


 囁くように噛みしめるように子供っぽさの残る声でこぼす。

 

 「ねえ想太くん、夏帆ちゃんの気持ち、気にならない?」


 突然の問い。

 

 「気持ちって・・・・・・ぼくは、告白して、きっぱり断られたんだよ。というか、そもそもきみは誰なの?」

 

 「ムズカシイことわからない。」

 

 「ごめん、聞き方が悪かったよ。きみの名前は?」


 「ないよ」


 「え?」

 

 「名前、ないの。そうだ!!想太くんが考えてよ名前。うん。絶対それがいい。」

 

 妙案とばかりに少女が頷く。


 「名前を、ぼくが・・・・・・?」


 「だってわたしは想太くんの夢の住人なんだよ?それにね、名前を付けるっていうのは得体の知れないものを既知のものにして現実に近づけることができるんだ。だから名づけた瞬間からわたしはもう想太くんにとって近しい存在ってこと、っと。」

 

 音を立てずに少女が腰掛けていた机から飛び降りる。

 そのままぼくの元へ近づく。

 身長差のため下から覗きこまれるかたちになった。

 腰に手を回して期待に微笑みこちらを覗きこむその姿は、ノスタルジックな1枚の絵のようだった。


 「そら、なんてどうかな?」


 閃きに任せてそう名付ける。

 

 「そら・・・・・うん!!とっても素敵!!今日からわたしはそらなんだ!!」


 圧倒的な無邪気さで笑顔を咲かせる。

 

 「よろしくね。」

 

 ためらいなくぼくの手を包み込むように両手で握る。

 見た目の印象に反して温かい体温に包まれる。

 

 「えへへ。なかよしさん。」

 

 頬を染めてそらが喜ぶ。

 なんだかつられてこっちまで嬉しくなる。

 

 「ね!夏帆ちゃんの気持ち、確かめてみない?」


 手は握ったままに、そらが話を戻す。


 「さっきも言ったけど昨日振られたんだから、確かめるもなにもないよ・・・・・・。」


 「ホントにそうかな?好きじゃない異性にジャージを貸すかな?」


 「うーん。今日の夏帆さんは特に積極的だったし、確かに気にならないと言ったら嘘になる。でも、どうやって確かめるの?」


 「あのね、女の子は告白されると、された男の子のこと気になっちゃうんだよ。だから、チャンスはもう一度あるはず!! だからカマかけるじゃないけど、こっちからなかよししてみようよ。」

 

 そらにそう言われるとまだこの恋は終わっていないんだという意識が、いや本当は諦めきれてなかったんだと気が付かされる。

 そらが握った手を解き、小指を差し出して見せる。

  

 「ありがとう、そら。もう一度、頑張ってみようと思う。」

 

 そらの小指に、自分の小指を結ぶ。

 オレンジに染まった教室で誰にも知られず、二人だけ約束を交わした。










 「知らない天井だ」


 取りあえず呟いてみた。


 「お、目が覚めたね。おはよう。」

 

 にこにこ顔の夏帆さんがこちらを見下ろしていた。

 病院とは微妙に違う薬の匂いが嗅覚を刺激し、ここが保健室であることを理解する。

 次にどうやらそれほど大事の事態には至ってないことを理解する。

 夏帆さんは優しい人だ。その夏帆さんがにこにこしてる。それはつまりぼくの容態が悪くないことを意味する。

 薬の匂いに交じって夏帆さんの匂いが香る。

 体を起こしてみて理解する。

 夏帆さんに借りたジャージに身を包んだ近江想太がいた。

 しかも隣にはそのジャージの持ち主本人がいる。

 気を失う前の出来事が一気にフラッシュバックする。

 ぼくが騎馬から転落して保健室に運ばれる過程で、まず間違いなくたくさんの野次馬が気を失ったぼくに群がったことだろう。ということはジャージに刺繍された名前に気がついてしまうことももはや必然の流れといっていいはずだ。

 対峙していた相手は隣のクラスだけどほとんど面識のない人だった。仮に柏木さんのことを知っていても体育が終わった後で黙っていてくれるように声を掛けることだってできたはずだ。

 転落して恥を描き、大人数にジャージのことがバレるという最悪のルートを辿ってしまったみたいだ。

 そもそも誰からも隠し通すには無理があったし、過剰に恥ずかしがらずに被害を最小限に留めたうえで、騎馬戦で勝利することを目指すべきだったんだ。

 

 「なんか、恥ずかしいところをお見せしちゃったね。」


 「ん?騎馬戦のこと?いやいや、失敗してもなにかに真剣に立ち向かう姿はカッコよかったですぜ。男の子してたよ。」


 男の子してる、そんなこと生まれてこの方言われことがない。なんだか面映ゆい気持ちになる。


 「あははは。励ますのが上手だね。ありがとう」


 少しぶっきらぼうな言い方になってしまう。

 

 「ところで、体調は大丈夫?先生は打ちどころがよく、軽い打ち身と脳震盪だって言ってた。でも脳震盪は1度起こすと癖になりやすいし、必ず病院で診察受けるようにって。早退してもいいってさ。」

 

 時計を確認すると、12時40分。ちょうど休み時間のようだ。


 「そっか。じゃあ一応この後病院寄ってみることにするよ。」


 「それがいいよ。」


 夏帆さんがホッとした表情になる。


 「わざわざありがとう。ジャージも、洗って返すね。」


 「え、あ!いや!!おかあさんに怪しまれちゃうからそのまま返してくれていいよ!!」


 夏帆さんが慌てた表情になる。百面相だ。


 「でも汗かいちゃったよ?」


 「いやー、お恥ずかしながら洗濯するのはおかあさんだし関係ないよ」


 今度は顔を赤くしながら言う。

 

 「高校生ならまだ恥ずかしくないと思うけど、いいの?」


 「うんうん、お気になさらず」


 そう言ってなにやら満足げに両手を差し出してくる。


 「ここで着替えろと?」


 「キャースミマセンデシター」

 

 大袈裟なリアクションを取ってガタリ、とパイプ椅子から立ち上がり夏帆さんがそそくさと退散する。

 白いカーテンで仕切られた向こう側を黒い影が行ったり来たり。なにやら落ち着かないみたいだ。

 ぼくのほうも薄い布切れ1枚の隔たりで着替えるという状況に緊張しつつ、ジャージの上着に手を掛けて、気が付いた。

 

 「あ。着替え、教室だ。」










 わたしが取ってくる、と有無を言わさず教室に荷物と着替えを取りに行ってくれた夏帆さんからありがたく一式受け取り改めて着替えなおした後、せめてこれくらいはと自分にできる限り丁寧に畳んだ後ジャージを夏帆さんへ返却した。

 保険の先生から両親には連絡を入れておいたと報告を受け、よければ私も病院も付き添うと言われたけれど丁重にお断りとお礼を告げ学校を後にした。

 病院で診察を受けた後自宅へと帰宅する道中、夕景を目にした途端保健室で観た夢の景色が脳裏にフラッシュバックした。すぐに思い立ち夢の内容を夢日記として形に残しておくことにする。

 あの出来事は曖昧なイメージではなくきちんと記憶の一部にしたい。

 そう思い、靄がかかった記憶を手探る。

 普段なら夢を見た後数分もすれば砂時計のようにボロボロと記憶から剥がれ落ちてしまうものだが何故かそらとの夢だけは鮮明に思い出すことができた。

 まず教室でゆびきりげんまんをしたことを思い出すとあとは芋ずる式に古いシーンへ古いシーンへと辿ることができた。まず箇条書きにシーンを書き記したあと時系列を整理して初めから思い出せる限り清書した。

 ほどなく自室に着き、スマホを確認するとメールが届いていた。夏帆さんからだ。


 「体調は大丈夫ですか?」


 なぜか丁寧語だ。


 「大丈夫です。明日も学校行けそうです。」


 なんとなく、こちらも丁寧語で返す。


 「よかったーヽ(*´з`*)ノ

  余裕があれば貸したCDを是非聴いておくこと!!」


 今度は顔文字付きで口調も砕けてる。

 

 「りょーかい。明日また感想言うね。」

 

 たったメール2通のやり取りなのになんだか心が温かくなった。

 気づけば今朝の憂鬱な気持ちはどこかへ行ってしまったようだ。

 振られてしまったことはやっぱりどうにもやりきれない。

 でもそらとの約束もある。

 夏帆さんともいつも通り、いやそれ以上に仲良く過ごせている。

 心の内を見通すことはできないが、以前より距離が近いという点を見ればむしろ進展したとさえ捉えられる。

 昨日明日が来ないでほしいと信じてもいない神に祈っていた自分はもういなくなっていた。

 制服を脱ぎ、皺にならないようハンガーに掛ける。

 夕飯までの間に昨日聴けなかったCDを聴こう。

 少し頭が痛む。

 今日は眠っている時間のほうが長かったのでは、というくらい眠っていた気がする。

 でも濃い一日だった。

 今夜は眠れるだろうか。

 









 「なつほのへや」

 ひらがなで書かれたネームプレートが下がっている。

 他の誰でもないわたしの部屋だ。

 小学校低学年の頃に今の家に引っ越してきて自分の部屋ができる、ということにこの上なくはしゃいだことをなんとなくだけれど覚えている。このネームプレートはその時にワクドキ胸を高鳴らしながら作ったものだ。

 周囲に細心の注意を払いながら慎重にドアノブを回し戸を引く。

 中に入った後もう一度廊下に顔をぬっと出し周囲の確認。右見て左見てもう一度右見てよし、おーけー。戸を閉める。

 中学の頃はブレザーであったため最初の頃は結び方のわからなかったスカーフももう慣れたものでするりと解く。ジッパーを下ろし、胸当てを外す。裾を持ってセーラーを脱いでいく。スカートも。その下の短パンも。

 身をまとうものがブラとショーツだけになる。

 じゃじゃーん。せくしーなつほさん、かんぜんたい!!

 下着姿で戦隊モノっぽく両腕を斜めにポーズを決めてみる。

 時計の秒針の音が鳴り響く。

 うむ。おバカっぽい。

 やめだやめ。6月25日付けでせくしーなつほ1名によって構成された新戦隊は解散となった。

 じじじ。じじじのじ。視線がある1点に向かう。

 さて。今ここには通学鞄がある。その中には体操着を詰め込んだ花柄の巾着袋が入っている。

 びよーん。巾着のゴム部分を広げさあ御開帳。からのジャージを取り出す。

 今日体育の時間に想太くんに貸していたものだ。想太くんは洗ってから返すと申し出てくれたけれど、それを断ってそのまま返してもらったものだ。

 いやね、本当に”そういう”つもりで貸したわけでもそのまま返してもらったわけでもないんだよ。信じてほしい。誰相手にでもなく釈明する。しいて言えば心のなかのミニ想太くん(ぬいぐるみサイズのデフォルメキャラ)相手に釈明する。

 だってそうでしょう?

 これはもとからわたしのジャージだし、別に部屋着として活用してもなんらおかしな話ではないのだ。

 ただ偶然、想太くんがおっちょこちょいさんだから体操着を忘れてしまいそこで親切な女の子としてわたしがジャージを貸してあげただけなのだ。

 偶然ならしかたないね。うん、シカタナイ。

 え?女の子が男の子にジャージを貸すのはおかしいって?おかしくないおかしくない。理由だってあったし。本当にあの時はそういうつもりじゃなかったしね。

 いや、今も別にそういうつもりではないんだけど。ただ、ジャージは素材的にも伸縮性に優れているから部屋着として優秀でリラックスな放課後マイお部屋ライフを過ごすのに適しているというだけだ。

 一応ニオイを嗅いでみようかな。特に理由はないけど。

 すんすん。くんくん。くんかくんか。

 なんかいつもとは明らかに違うニオイがする。

 率直に言うと男の子の匂いがする

 少し汗っぽい気もするけどクサい感じじゃなくて、ドキドキと安心が入り混じった不思議な感じ。

 体育の時の真剣な表情の想太くんを思い出す。

 くんくん。

 よしっ。 

 裾を広げ、頭をつっこむ。袖口に腕を通す。

 やってしまった。

 顔を出すとふわっと匂いが香る。なんだか想太くんに抱きしめられてるみたいだ。思わず鼻の下が伸びてしまう。

 てれれれってれー。せくしーなつほさん は へんたいなつほさん に しんか した!

 いやまてまてまてったら。

 健全な女子高生ならこのくらいの行動ふつうでしょう。

 健全な男子高生がおっぱいとかおしりのこと考えてるなら健全な女子高生が異性の匂いに興味を持つことが許されない道理はない。

 バンバン!!無罪!!

 出ました無罪判決。たったいま審議委員長かしわぎによる無罪判決が出ました。

 勝利の右手を高々と掲げる。勝った。わたしは勝ったのだ。

 脳内で情熱○陸のBGMを流す。

 シッシッ。

 そのままシャドーボクシングなぞしてみる。なつほ選手軽快なステップだー。隙のない構えからのジャブ!左右左右AB!

 ふははははははは。いけにえにしてやるー。

 ブーブーブー。

 

 「あびゃあ!!」

 

 完全にバカになっていたところで机の上に置いておいたスマホが震える。

  

 「大丈夫です。明日も学校行けそうです。」


 想太くんからメールの返信が来ていた。

 よかった。思わず安心して座り込む。

 保健の先生が大丈夫だと言っていたから信じてはいたけど本人から大丈夫のメールが来るとやはり本格的に安心する。

 ぽちぽちぽち。

 普段あんまり顔文字は積極的に使うほうではないんだけれど、変なテンションも相まってなんだか楽しげなものを添えておく。

 ふふ。

 自分でもよくわからず顔が綻ぶ。にへらにへらしながらメールの返信を待つ。


 

 「夏帆ー!!あんた今日体育あったんでしょう?ちゃんと体操着とジャージ洗濯籠のなか入れておきなさいよ!!」


 「あびゃああああああああああああああああああああ!!」


 「あら、どしたのジャージなんて珍し。しかも正座なんかしちゃって。いつもTシャツ一枚でベッドに寝っ転がってボリボリお尻掻いてるくせに。」

 

 わたしの絶叫を完全に無視しておかあさんが部屋を出ていく。

 うむ。頭が急速に冷えていくのを感じる。

 どうやらおバカタイムはここいらでおしまいみたいだ。

 言われた通りに体操着とジャージを洗濯籠に出そうと、立ち上がり、


 「っうううううう」

 

 足が痺れた。

 だって仕方ない。

 正座なんて普段しないし。

 とりあえず痺れが取れるまで足を崩して待つことにする。

 ふと思う。

 それにしてもおかあさんってどうしてノックしないで勝手に入ってくるんだろうなあ。

 

 

 

 

  

 






 







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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