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ぼくのなかの、きみのなかで。  作者: 妄想ねこ
第1章
3/5

「情想」-Ⅰ

 起立、という号令で目が覚めた。

 痺れた足で無理やり床を踏みしめ転ばないように注意を払いながら周囲に習い号令を済ませた。

 もしかしたら、と期待したが夢に白い髪の少女は現れなかった。

 まあ、毎回同じ人物が出る夢なんておかしいけど。


 授業合間の5分休みを利用してぱたぱたぱた、上履きの音を立てながら夏帆さんが近づいてくる。

 凝り固まった背中をさりげなく正す。

 

 「ややや、1限からずいぶんとぐっすりさんだったね。あれだあれ、ジャーキングしてたよ?」


 「ジャーキング?」

 

 「そそ、寝てる時にビクッ!!ってなるやつ。ずいぶんとお疲れみたいだね。」


 「へえ~あの現象、名前あったんだ。物知りだね。」


 「まあねん。」

  

 そう言って右手の人差し指と親指で「C」を作って掛けていない眼鏡を正して見せる。


 「なかなかに馬鹿っぽい仕草だね。」

 

 ずいぶんと積極的に夏帆さんが絡んでくるのでいまだ内省的な意識を出さないように返答を心掛ける。


 「いやいやいや、あたしの中間の順位!!5位でしたからね5位」

  

 そうだった。夏帆さんは入学後最初の中間考査において210人中5位という順位をたたき出していた。


 「ぐぬぬ。」

 

 ぼくの順位は62位。それなりに奮闘したほうだとは思うけど、夏帆さんを馬鹿にするには遠く及ばなかった。

 言いながら次の授業である体育に向けてガサゴソガサゴソ。鞄を漁る。ない。ないぞ。

 体操服が見当たらない。

 いくら鞄の中を手探ってみてもその手に触れるのは体操着ではなく水着一式を詰め込んだプールバッグだった。


 「げ。間違って・・・・・・。」


 「あらら。どうするの?」



 ぼくらの通う都立名倉高校は文武両道を謳い体育にも力を入れており、毎年夏休み明けに行われる体育祭は宴たけなわな盛り上がりを見せるという。昨今は安全性を考慮して関係者のみの観覧となっているが、一昔前の世代までは外部からの観覧者も駆け付けたらしい。

 そんなわが校の目玉行事である体育祭に向けて体育の授業は6月のうちからプールの授業と練習とを交互に混ぜ込んだカリキュラムとなっている。

 特に7月以降は気温上昇による危険性から雨の日以外はプールが中心となってくるため6月の体育は重要性を増す。

 夏休み中も(ホントは参加したくないけど)生徒たちによる任意という名の3年生以外半強制の練習会があり、猛暑による熱中症、日射病被害者を出さないためにわざわざ監督の先生まで付けて行われる。

 どうしよう。クラスの誰かにジャージだけ借りるか。6月だけど誰かしら持っているだろうか。


 「う~~~~~~~~ん。」


 なにやら夏帆さんが唸っている。口元に手を当てて目線をちらちらとこちらに寄せている。少し頬が赤い。

 

 「そうだ!!あたしのジャージ貸そっか!!」

 

 一瞬耳を疑った。 

 自分の顔が熱くなっていくのがはっきりと分かる。

 考える。

 それはつまり夏帆さんのジャージをぼくが着るってことで。

 昨日告白して振られた人のジャージを着るってことだ。

 たぶん、きっと、おそらく?いや絶対にそのジャージは柏木夏帆が普段から袖を通しているもので柏木夏帆の家で洗濯され柔軟剤の匂いとか諸々の匂いが付着しているに違いないものである。


 「いや~~~~それはどうなんでしょう?ね?だってジャージには名前が書いてあるし。」

 

 そうだ。ぼくが夏帆さんからジャージを借りたことがバレれば変な噂になりかねない。


 「うん。あたしは気にしないけどね!!」


 なんか滅茶苦茶にやにやしてる。微妙に上目遣い。あざとい。


 「でもさ、ほらジャージって胸のところに名前付いてるじゃん?夏帆さんから借りたって絶対バレるし・・・・・・」


 「おいおいおーい、想太君は裸で体育の授業を受けるのかい?ウケるー。ていうかさ、このめちゃ暑い時期にジャージ持ってきてる男子なんているかなー?女子は日焼けしたくないとか肌見られたくないとか色々理由あるし?恥ずかしいのさえ我慢すれば女子から借りるのは合理的じゃないかな。」

  

 なんだかそれらしい理屈を並べてくる。

 だが実際6月に入ってから男子の中でジャージを着て体育を受けている者は滅多に見かけないのも事実であった。


 「あ!もう移動しなきゃ!!とりあえずジャージ渡しとくね!!」


 ぼくの返答を待たずに早口で捲し立てた後、夏帆さんはジャージを押し付けそそくさと着替えに走っていった。


 ・・・・・・。



 








 体育教師の織田先生がその筋骨隆々な太い腕を外国人ばりに大きなジェスチャーで右に左にと振るい騎馬戦のルールを説明している。

 説明をよそに不自然に腕を組み胸元の「柏木」の字を隠す。

 ぼくの苗字は近江である。でも胸には柏木とある。

 なんだかもうその事実だけで頭がクラクラしてくる。

 おまけに下にはTシャツとパンツしか着ていない状態だ。なぜかというと体操着を忘れてしまったから。

 ポリエステルと綿で構成されたジャージの裏地が地肌にあたりちくちくする。

 いや、ちくちくとかどうでもいい。

 風が吹くたびに強烈に夏帆さんの匂いが鼻をくすぐる。女の子の匂いだ。風が吹いていなくてもふんわりと体全体を夏帆さんに包まれているような気がして鼓動が早くなる。

 さらにはパンツ越しに夏帆さんが普段着用しているズボンが、いやそれ以上考えるのはよせ。

 一瞬体の一部分に血流が集まってしまう恐れを感じたけど極度の緊張のおかげでそれどころではなさそうだ。

 気温25度の中、男子の中で唯一ぼくだけが上下ジャージを着用しているこの状況。

 クラス全員にぼくが夏帆さんからジャージを借りたということを隠し通すのは無理かもしれない。

 しかし無駄な抵抗を試み、依然として腕を組み続ける。

 視線が自然とグラウンドの反対側──ぼくら男子が陣取っている校舎側、その対極にある裏門の近く陣取る女子グループ──夏帆さんのいる方向に向かう。

 女子は創作ダンスの振り付けを確認しているようだ。

 ぼくにジャージを貸し付けたことにより真っ白な体操着と短パンのみを纏った夏帆さんがクラスの女子たちと仲睦まじく会話を交えながら振りつけを確認している。

 まず胸に目線がいく。仕方ない。

 制服の上からでは分からない夏帆さんの形の良い胸によってシャツが持ち上げられているシルエットが遠目にもわかる。

 ほっそりとした二の腕はしかしながら肉感も残しており女性らしさを感じさせる。

 白いふくらはぎは折れてしまいそうなくらいに細い足首から少しむっちりしたふとももまでの鮮やかなラインを描いていてシルエットにメリハリをつくっている。

  さらに首筋は──

 

 「おい!!何偉そうに仁王立ちしてるんだよ。騎馬役と騎手役決めんぞ!!」

 

 吉野の声で思考が中断される。

 吉野はクラスの中でも割とよくツルむほうで耳周りと襟足のあたりを軽く刈り上げたツーブロックと細眉が特徴のTHE・スポーツマンな出で立ちだ。

 ツーブロックというと少し不良っぽい印象を受けるタイプの髪型もあるが吉野の場合は刈り上げ部分がなだらかで遊んでいるという印象は受けない。

 どうやら織田先生の説明は既に終わっており、すでに騎馬を組みその上に騎手が乗る、という流れのようだった。


 「このメンツん中だと、そうだな近江が騎手で俺と江西と野村が騎馬でいいか?」

 

 ぼくも決して細いほうではないがスポーツマンである吉野を中心として結集されたメンバーはなるほど体の鍛えられた者たちが揃っており、相対的に中肉中背であるぼくが騎手という線が妥当だろう。 

 しかもぼくが騎手になれば3人にとってぼくの姿は死角となる。好都合だ。


 「そうだね。ぼくはそれでいいけれど」


 そう告げるとそれに追随し、江西と野村も賛成の声を上げる。

 

 「なら、その仁王立ちを辞めて、騎馬に乗る準備をしてくれ。」

 

 そう言って1騎馬に1つ配られた赤の鉢巻を手渡される。


 「うむ。」


 微妙に口調がおかしくなる。

 悟られぬよう、悟られぬように組んだ腕を外す。自然な流れを装いつつそのまま左手を口元に当てる。その際に肘をちょうど左胸の名前の刺繍された位置に来るように調節する。


 「おい、物思いにふける時間はないぞ」

 

 「いや、そっちが組むまで暇だからさ。乗るときはちゃんとやるから。」

 

 「む?まあいいか、わかった。じゃあ俺が正面を担当するから江西と野村がサイドを担当してくれ。」

 

 かなり強情な形になったがなんとか誤魔化せたみたいだ。

 迅速に騎馬が組まれる。

 気づけばもう吉野がはやく乗れとあごで指示送ってきている。

 吉野を三角形の頂点とし、結ばれた江西と野村の手のひらに足を乗っける形でぼくが乗っかる。さらに吉野の肩に両手で掴みバランスを整える。


 「よし立ち上がるぞ!!」

 

 吉野が宣言し、騎馬が上昇する。

 自分の意志ではない力によって体が持ち上がる。体格的に優れたメンバーとはいえ、エレベーター等とは違う人工的な完全に均一ではない上昇に少し足元が震える。

 視点が高い。サッカーゴールがいつもより低く見える。

 次々と他の騎馬も立ち上がっていくが、おそらくぼくたちの騎馬が最も高さがあるだろうか。

 体育祭の練習であるため2クラス合同で1クラス4騎馬×2の8騎馬ほどグラウンドに存在するが他クラス含めどうやらぼくたちの騎馬が一番空に近いようだった。

 騎馬戦では上を確保することが何より大切だとどこかで読んだことある。これは有利に立ち回ることができるかもしれない。

 と、周囲と比較し戦力を分析していたところだ。


 「全グループ騎馬が組めたようだな。ではクラス対抗の模擬戦を行う。それぞれ4騎馬ずつ均等に散れ!! 安全に充分考慮したうえで本番だと思い全力で取り組めよ!!」


 頭を抱えたくなった。

 いや、模擬戦自体は想定していた事態だ。

 ただ、今日この日にぼくが体操着を忘れまさか夏帆さんにジャージを借りる事態になることは全くの想定外であった。

 他クラスとはいえ、接近戦ともなればかなり至近距離になる。選択授業で一緒の人もいる。胸の刺繍に勘付くかもしれない。おまけに上下ともジャージを着ているのはぼくだけだ。嫌でも注目は集める。

 夏帆さんとぼくの顔と名前が一致する者があの中にどれだけいるだろうか。

 いかに頭を働かせ、どう状況をやり過ごす考えようにも時は平等に経過する。

 もう遅い。

 すでに騎馬は所定の位置に付き、開始の合図を待っている。


 ピィーーーーーーーーーーーーーッ!!


 晴れ空にホイッスルが響き渡る。

 猛スピードで騎馬が敵騎馬に向かって走り出す。特に作戦会議をしたわけでもない。裏取りは行わず正面から仕掛けるつもりみたいだ。

 姿勢を高くし、手を吉野の肩から素早く離し空中に掲げる。

 当然敵騎馬も応戦すべく同様に臨戦態勢を取る。

 騎手同士の視線が交差し──3、2、1

 心の中でテンポを取り腕を伸ばす。

 高さを利用して片腕で向かい来る攻撃をブロックしつつもう片腕で相手の鉢巻の奪取を狙う。

 相手も顔を傾けることでこちらの攻撃を避け、下からこちらの鉢巻を狙う。

 ならばとこちらも体全体を後方に傾け、すんでのところで反撃を躱して見せる。体格のよい騎馬役が集まり土台が安定しているからこそ成せる技だ。

 互いが互いの攻撃を避け、状況はイーブン。

 読み合いが発生する。

 緊張状態。

 じりじりと太陽光が顔面を焼き、感覚として額の水分量を把握できるほどに汗が浮かび上がる。

 他の騎馬は順当に決着がつき次々と解体されていく。

 自然、こちらに注意を向ける眼差しが増えていく。

 やがて創作ダンスの練習をしていたはずの女子すら遠巻きにこちらの試合を見学し始める。

 そこには夏帆さんも混じっていた。

 

 一瞬。

 空気を切り裂く気配を感じて、構える。

 ほぼ同時に相手の切り出した腕が構えたこちらの腕にぶつかる。

 間に合った!!

 そのまま互いの手のひらを掴み合う。

 ヤジが飛び交う。

 前へ前へと押し合う力がぶつかり合い次第に組み合った腕が上昇していく。

 こうなれば先に手を切り離し、先に鉢巻を奪取したほうの勝ちだ。

 睨みあう。

 ん?

 相手の視線が徐々に下がっていく。

 

 やばい。

 胸元ががら空きだ。「柏木」

 バレた!?

 でも対戦相手と認識はないはず。

 なぜだ。

 一瞬の隙が生じる。

 ジャストタイミングで組み合った手が振りほどかれる。

 瞬間的に胸元の刺繍を庇ってしまう。

 頭を襲う両腕に対して片腕で応戦する形になる。

 無理やり体を傾ける。

 高さの優位が崩れる。

 相手の騎馬役が状況の変化に気づき前へ前へと押してくる。

 まずい。

 夏帆さんが見ている前で恥を描きたくないという気持ちが先行し、鉢巻を守ろうと体が後ろへ後ろへ逃げ出そうとする。

 

 「お、おい!!」

 

 吉野か、江西か、はたまた野村か。

 忠告の声に気づいた時は遅かった。

 ぼくの体は騎馬を離れ──いや、足元だけがなまじ江西と野村にガッシリと握られていただけに空中には放り出されずに足元を支点とし体が真後ろに倒れ、地面へと叩きつけら、れ、



 景色が暗転した。

 微かにぼくに呼び掛ける声が聞えた気がしたが、強制的な力でもって薄れゆく意識を前に脳の処理が追いつかず、その声の主を特定することなく意識は途切れた。


 




 

 

 



 


 

 

 



 

 

 

 








 








   

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