プロローグ「懸想」
「ごめんなさい、あなたとはお付き合いできません。」
その日。近江想太が初めて告白した日。6月24日。玉砕記念日。
自宅のベッドの上でただひたすらにセミの声と恋人──になれなかった彼女の用意してたかのような、さらさらとした断り文句を脳内で再生していた。
彼女を好きになったのは高校入学初日。
自己紹介の際に言葉に詰まってしまい頭が真っ白になってしまった想太に周囲に聞こえないくらいの声量で
「私も緊張しいだから気持ちわかるよ。がんばって!」
そう囁いてくれた。
奇しくも彼女とは登下校のバスが一致しておりそれから想太は彼女の乗るバスが来る8時15分着にきっちり間に合うよう朝の予定を設定した。
おそらく彼女にとっては何てことない出来事であったかもしれないがその出来事がきっかけとなり、毎朝のバス内で目で追い、教室で目で追い、気がついたらその恋心を自覚するまでになっていた。人より遅い初恋だった。
それからの日々は今までとは少し違った日常だった。
地味でアニメオタクで空想家で孤独主義な中学時代から一転、したかは分からないが整髪料の使い方も勉強して眼鏡をコンタクトに変え、眉を整えた。鏡の前で笑顔の練習をした。でも笑いなれていない想太には頬の筋肉が足りず口角を上げる笑い方しかすぐにはできなかった。
教室で積極的に話しかけた。天気や気温の話というのは会話のテンプレとしてよく語られるがテンプレになるだけあって相手を選ばないため存外馬鹿にできないものであると実感した。趣味である音楽の話を重ね、授業の内容や教師の愚痴を重ね、さん付けではあるが名前で呼ぶにまで至った。
勝算があったわけではない。彼女が誰にでも優しいことは知っていたし、自分がクラスメイトより群を抜いて顔がいいわけでもないし、頭が良いわけでも運動ができるわけでもない。
それでも、川の奔流に抗うことのできない1枚の葉であった想太が初めて自分の意思で能動的に積極的にポジティブにアクティブに行った一世一代の告白だった。
何が敗因であったか自己分析をしても恋愛遍歴ゼロの想太には決定的理由はわからなかった。
後悔と反省を繰り返して制服のまま食事を取らずにシャワーを浴びずに眠りに落ちた。
変な夢を見た。
見知らぬ少女。
白い髪をした深夜アニメに出てきそうな少女。
風なんて感じないのにその髪はゆらゆらと揺れていた。
大きな空色の瞳と女性的な小さな唇を携えている。
彼女と一緒に海の潮騒に耳を傾けながら喋っていた。
街路樹とレンガで舗装された西洋風の通りを抜けた先にある、どうやらマグロ船の停留所として機能している海。
辺りは真っ暗で人々の喧騒は顔を一切潜め夜空には数多の星々が煌めいていた。
完全に二人の世界だった。堤防によじ登り腰掛けた想太は彼女に引き寄せられるかのように口を開いた。
「ぼくは何がいけなかったんだろう?明日は学校に行きたくないな。どうしてモテるやつらは上に立ってぼくらを踏みにじる側の人間なんだろう。努力は無駄だったのかな?」
不思議と口を開くままに言葉が紡がれていき自分が口下手であることが嘘みたいに──いや、口下手であることなど気にならずに思考の水がまるで壊れた蛇口のように漏れ出た。
話すうちに恥ずかしさも霧散した。
白い髪の少女は大きな瞳を細め目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「想太くんは何も悪くないよ。想太くんは心の綺麗な人だよ。わたしはしってるよ。でもそれが彼女にはまだ伝わってなかったんじゃないかな?だって彼女と出会ってまだ3ヶ月も経ってないでしょ?教室で話すだけではわからないこと、たくさんあると思うな。わたしはいつでも応援してるよ。きっと現実の女の子は空想とは違って形で現れないと頑張りが伝わらないこともたくさんあると思う。でもわたしは見てるから。応援してるから。」
彼女の言葉は耳に心地よく意識せずとも心の深いところに響く感覚がした。
誰とも判らないのに誰よりも自分を理解してくれている気がした。
気がつくと想太は白い髪の少女の腕の中にいた。声は出さずに自然と涙を流すことができた。暖かくて安心した。まるで母の子宮の中でぬるま湯に浸かっているみたいだな、と想太は思った。
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