最強生物
厳しい冬は終わりを告げ、人生で二度目の春がやってきた。グリフォンとして生まれ変わってから、一年が経ったことになる。体の大きさは倍ほどになり、それに伴って力も一層強くなった。とはいっても、フォンにはまだまだ敵わないが。羽狼の襲撃でついた全身の傷は、フォンが運んできてくれた薬草のおかげであっという間に完治した。
羽狼との死闘は、結果的に得るものの多い戦いだった。修羅場を潜り抜けた成果として一番大きいのは、自分の弱さを自覚できたということだった。
俺は弱い。
確かにこの体は生物として規格外の強さだ。少なくとも、前世とこの一年の経験を振り返ると、グリフォンという生物は間違いなく生物最強のスペックを誇る。
しかし、それだけなのだ。俺には強い体を持っているということ以外に何もなかった。狩りのセオリーも知らない。戦闘時にどのような動きをすればいいかもわからない。せっかくの体もまるで使いこなせない。ここまでとんとん拍子できたためか、弱肉強食の世界を一年間生きていながら、精神的な甘さが抜けきっていない。それが今の俺だった。俺に必要なのは戦闘訓練、弱さの自覚、そして弱者らしく頭を使って思考し工夫して立ち回ることだ。
経験を積まねばならない。今日も今日とて狩りに出かける。フォンがいる時には一緒に狩りに出たり、たまに戦闘訓練につきあってくれたりする。だが、一人の時はこうして勝手に狩りに出ることが多い。一応空は飛べるようになったので、飛行訓練も兼ねて出かけるといった感じだ。
グリフォンの体の仕組みについて、わかったことがいくつかある。グリフォンは超音波を発生させることができる。声を出す要領で、空気を激しく振動させることができるのだ。さらに、グリフォンは声に指向性を持たせることもできる。超音波を一点に収束させて浴びせることができるというわけだ。超音波、すなわちすさまじい空気の振動を生物が浴び続けると、体が熱を持ったり、三半規管が揺れて平衡感覚がなくなったり、細胞が壊れたりと、確かそういった現象が起きるはずだ。羽狼のボスもこれにやられた。
もっとも、生物を死に至らしめるほどの効果を出すには強烈な超音波を放つ必要があり、成長すればわからないが、今の俺にはそこまでの超音波を出すことはできない。今の俺に超音波でできることといったら、せいぜいコウモリのように音の反射で物の場所がわかるくらいだ。これは当然フォンにもできる。鋭い視覚に聴覚、超音波。これらを使いこなせるフォンの索敵能力は尋常ではない。羽狼の襲撃でも、その索敵能力で異変を察して飛んできてくれた。
フォンは本当に強い。最強生物だと言っても過言ではない。単純な身体能力が圧倒的に高く、戦闘経験が豊富で、肉弾戦も強いが遠距離にいる敵にも強く、フォンが本気で放つ超音波を五秒浴びて立っていられた生物は未だ見たことがない。フォンの超音波を俺が出せない理由は、単純に体の大きさの問題だ。つけくわえて言うなら、肺の機能の問題だ。グリフォンの肺は、鳥類の気嚢のような器官と融合しているようで、空気を溜めておくことができる。そして、すごく膨らむ。それはもうものすごく膨らむ。フォンの体であれば、上半身が丸く膨れて見えるくらいに。そうして溜めに溜めた空気を爆発的に吐き出すことによって、強力な超音波を長時間発生させることができるのだ。ただ、肺を大きく膨らませて超音波を発生させるという一連の動作には隙があるので、フォンは地上では超音波で攻撃をしかけることはない。フォンが超音波を索敵ではなく攻撃に使うのは、攻撃される心配のない空中にいるときだけだ。
俺の体は大きくなった。それでもフォンの三分の一程度の大きさだ。しかも、どうやら肺は訓練しないと膨らませることができないらしく、俺には体型が変わるほど深く息を吸い込むことはできない。ということは、必然的に超音波を攻撃に用いることもできない、ということだ。
羽狼のおかげで、俺は自分の弱さをこれでもかと言うほど理解した。
しかし、死にかけた恐怖で戦えなくなる、ということはなかった。
(まずは戦闘訓練。次に飛行訓練。空いた時間で呼吸と超音波の練習。そしてよく食べ、よく眠ること。これが俺の当面の方針だ。)
それどころか、俺は今、とてもわくわくしている。この体にはまだまだ先がある。もっと強くなれる。そう、フォンみたいに。
俺を愛し、育て、命の危機を救ってくれた、誰よりも強いフォン。俺もいつかフォンみたいになれるはずだと思うと、心が弾む。
(そして、いずれは…フォンと勝負して勝つ!)
憧れの存在の隣に並び立てるようになりたいと思った。
生きる目標、努力の理由を得た俺の目には、この世界が輝いて見えた。