狩られる子グリフォン
真っ先に試そうとしたのは、翼で上から逃げることだ。はばたく練習をずっと続けてきた成果が最近現れつつあり、自在に飛び回れるところまではいかずとも、宙に浮くことくらいならできるようになっていた。ただし、空を飛べたことは一度もない。
(大ピンチの時に限って都合よく初飛行に成功するかも、なんて甘い期待は捨てる。羽狼の頭を越せるくらいの高さに跳んで一度包囲を脱出することに専念。それなら俺にだってできるはずだ…!)
その考えこそが甘かった。翼を広げた隙をついて、両脇から数匹の羽狼が飛びかかってきたのだ。高く跳ぶために体勢を整えようとした隙を、空腹と覚悟で研ぎ澄まされた羽狼たちが見逃してくれるはずがなかった。
(まずい…っ!)
咄嗟に広げた翼を振るって羽狼たちを吹き飛ばす。グリフォンの巨体を飛ばすための大きな翼。その実態は高密度の筋肉の塊を丈夫な無数の羽毛が覆ったものであり、羽毛のために大きさの割には軽く、しかし密集した筋肉が恐るべき馬力を実現し、さらに翼を攻撃されても羽毛に阻まれてダメージが芯まで通ることはない。ここしばらくの戦闘で、俺の最も強力な武器はこの翼だと確信していた。現に、今の一薙ぎで飛びかかってきた四匹の羽狼が吹き飛んでいった。
(よし防御できる! これならなんとかしのげるか…?)
ここで気が緩んでしまったことは。俺という存在が、どうしようもなく経験不足で、全力を尽くそうにも出せる知恵も力もなく、ただ身体能力が高いだけの弱い生物でしかなかった、ということの証明に他ならない。
羽狼が一匹、俺の広げた翼の影に身を隠して俺に肉薄していた。俺がそのことに気づいたのは、羽狼の牙が俺の首元に突き立てられた後だった。
(ぐっ…おお…っ!)
俺の上半身は翼と同じく丈夫な羽毛に覆われており、ダメージは通りにくい。しかし、羽狼の力は想像以上で、噛みつかれた首からは鋭い痛みを感じた。何より首を絞められたことによる圧迫感が俺を焦らせる。
(離せええええっ!)
羽狼の胴体を前脚で掴み、全力を込めて握りつぶした。羽狼の胴体は四散し、首がすっと楽になる。ふぅ、と息を吐いた瞬間、頭上から立て続けに衝撃と鋭い痛みが襲ってきた。五匹の羽狼に翻弄されている間に、さらに五匹の羽狼が背中の翼で空中へと舞いあがり、勢いをつけて俺に突撃をしかけてきたのだ。
文字通り息つく間もなく繰り返される攻撃に、俺はうずくまって翼で体を覆うことしかできなかった。羽狼たちはここぞとばかりに攻撃をしかけてくる。羽毛もどんどん削られ、翼にも痛みを感じ始めた。
(くそっ…! 全員まとめて…吹っ飛べっっっ!!)
全力で翼を広げ、まとわりついていた羽狼たちを吹き飛ばす。羽毛がごっそり削られた翼はもはや見るに堪えないが、それでも翼は俺の思った通りに羽狼たちを吹き飛ばしてくれた。
しかし、それは羽狼たちにとっても思った通りの行動だったということに、俺はすぐには気づけない。翼を広げた瞬間に三匹の若い羽狼が――あいつらが――待ってましたとばかりに飛びついてきて。俺の右前脚を除く三本の脚に、一匹ずつ食らいついた。
(ぐ…があああ…っ!)
脚は羽毛が少なくガードが弱い。後脚に至っては羽毛が生えてすらいない。激痛に耐えつつ、力の入らない右前脚で左前脚に食らいついていた羽狼の頭を砕き絶命させる。しかし、
(こいつ…離れない…!)
死してなお、若狼の牙は俺の脚をとらえ続け。
(離れろ! 離れろっ!!)
パニックになり、こいつらを無理やり引きはがそうと暴れ回ったのがいけなかった。どんなに振り回しても、こいつらは俺にくらいついたままで。俺はただただ消耗するばかりで。遂には、痛みと重さでまともに動けなくなってしまった。
その様子を確認し、羽狼のボスが襲いかかってきた。その目に一切の油断や余裕はなく、弱った俺を確実に殺すために、全身全霊をかけてとびかかってきた。
(落ち着け…! どうする…どうする…!? どうすればいい…!?)
ボスの殺気にあてられて、俺は完全に恐慌状態に陥った。「落ち着け」「どうしよう」それしか考えられない。具体的な行動なんて一つも思いつかない。体も動かない。時間がゆっくりと流れていくように感じられた。
突然、キィィィィン…という音が鳴り始め。ボスが悲鳴をあげはじめた。ボスは五秒ほどのたうち回った末に、口から血を吐いて倒れた。その様子を見て唖然とする羽狼たち。唖然とする俺。混乱した羽狼たちを、フォンが空から強襲した。どうやらボスを仕留めたのもフォンだったらしい…というか他に可能性がない。
(あっ…ああ…あ…?)
俺の意識はここで途切れた。