はじめての
冬も佳境にさしかかったある日のこと。その日は特別寒く、なかなか獲物がやってこなかったので、俺はかなり機嫌が悪かった。しかし、イライラしていても腹が膨れるわけではないし、取り敢えず寝てしまって体力を温存しておこう。あいつらが現れたのは、そう思った矢先のことだった。
洞窟に入ってきたのは若い三匹の羽狼だった。
(お、きたきた)
手早くしとめて肉にありつきたい、と逸る気持ちを抑えて様子を見ることにした。すると、なんだか様子がおかしいことに気づく。様子がおかしいといっても、病気で弱っているだとか、殺気がすさまじいとか、そういうわけではない。
緊張感がないのだ。三匹でヘラヘラとふざけてじゃれあっているように見える。なにより非常に騒がしい。ワンワンキャンキャンガウガウと、煩わしいことこの上ない。空腹のところに騒音被害をうけ、俺の苛立ちは留まるところを知らない。
(くっそ…落ち着け…落ち着け俺…! もっと引きつけるんだ…早まるな…頑張れ俺…!)
いつもは獲物がそれなりに奥に入ってきてから洞窟の入り口に回り込み、逃げ道を塞いでから攻撃を始める。あいつらは洞窟の入り口付近でじゃれあいながら少しずつ奥に入ってきており、今飛び出していっても入り口に回り込むことはできないだろう。腹の虫をなだめつつ必死に耐える健気な俺。あいつらは、そんな俺をあざ笑うかのように、次なる遊びを始めた。
一匹がそろりそろりと一歩ずつ奥に進んでいく。そして、今俺が飛び出せば一撃で仕留められるかもしれない、という範囲にギリギリ入らないくらいまで進むと、キャンキャンと吠えながら元の場所まで戻るのだ。一匹ずつ交代でこれをやるのだが、絶妙に俺の手の届かないギリギリの距離で――そう、あたかも、もしかして、ひょっとして、俺の居場所がわかっているんじゃないかというくらいの絶妙な距離で――俺をおちょくるかのように引き返すのだ。その絶妙な間合いの取り方に違和感を覚える前に。俺のストレスは頂点に達した。
順番が一巡し、最初にこの遊びを始めた羽狼が再び俺の近くに寄ってきた時。考えるより先に体が動いてしまっていた。
一瞬しまった、と思ったが、後悔は苛立ちにかき消された。
(くたばれええええええ!)
伸ばした前脚は、惜しくも空を切った。三匹は一目散に洞窟の外へと駆け出していく。
(お前らは絶対に逃がさん!)
逃げる相手の背を追うのは初めてだった。それもあって、愚かな俺は頭に血が上ったまま、何の警戒もせずに憎き羽狼どもを追いかけて洞窟の外に飛び出した。
洞窟から飛び出してわずか十歩。俺は二十を超える羽狼に包囲されていた。
煮立った頭から一気に血の気が引いていく感覚を覚えた。
(う…おおっ!? まずいまずい! 嵌められたっ!)
急いで洞窟に引き返そうとするが…そこには明らかに群れのボスだとわかる、ひときわ大きな羽狼が立ちはだかっていた。その目には、どのような犠牲を払ってでも俺をしとめ、一匹でも多くの家族を生き延びさせるのだ、という強い覚悟が見てとれた。この羽狼たちは、最初から俺を食うことを目的にしてやってきたのだ。
洞窟に入ってきた若い三匹も包囲に参加していた。あいつらが身にまとう空気は、先程のような仲間とつるんでふざけている若狼のそれではなく、刺し違えてでも俺をしとめてやるという、仲間の生活のために命を懸ける戦士の気迫に変わっていた。
(ちくしょう…はぐれ馬鹿狼三兄弟かと思いきや名役者だったってことか…)
つまるところ、俺はこの三匹に完全に手玉に取られたというわけである。
羽狼は何匹も倒して食らった。五匹を同時に相手にしたこともあった。
それが油断につながったのだろう。
状況的には今、俺は完全に狩られる側にいる。
相手は羽狼なのに、手が震える。足がすくむ。
これが狩られる側の感覚か…。
俺は自分を奮い立たせ、生き延びる方法を必死で考えた。