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はじめてのひとりぐらし

 秋の次は、案の定冬だった。この世界にはどうやら四季があるとみていいようだ。体感的にも四季が一巡して一年…もしくはそれより少し長いくらいの時間が経つものとみている。冷たい風が吹いたその日に、フォンは俺を掴んで大きな洞窟まで運んでいった。どうやら冬の間は高い大樹の上ではなく、北風から守ってくれる大洞窟のなかですごすようだ。ここで俺は、フォンが冬の洞窟での暮らしを見越して俺を育てていたのだということを思い知る。


 大洞窟に引っ越して五日目。洞窟ではばたきの練習をしていた俺は、ふと聞きなれない足音がこちらに近づいてくるのを感じた。


 (あれ? 歩いてくるなんて珍しいな、何かあったかな?)


 誰にも手出しできない大樹の巣から一度も出たことがなかった俺は、あろうことか完全に平和ボケしており、巣に近づいてくるのはフォンしかいないものだと思い込んでいた。


 で、てっきりフォンだと思って大洞窟の前まで迎えに出向いた結果。自分の倍の大きさの羽熊と前脚が届くか届かないかの距離で睨み合うはめになってしまった。しかも生まれて初めての「フォンが見ていない戦闘」である。羽熊を相手に、フォンという命綱なしで、殺し合いをすることになったのだ。


 (そりゃ洞窟で寒さをしのぎたいよなあ…他の生物がいたらそれはそれで食料が増えて万々歳と…。てことはここには洞窟とあわよくば獲物を求めて肉食の生物がやってくるわけで、ここはその争いの勝者だけが体を休めていい場所なわけだ…。)


 冬の洞窟で暮らしていると、時折洞窟に侵入して俺を食い殺そうとする生物が訪れるということに気づいた。洞窟からフォンの気配がする時には寄ってこないかもしれないが、子グリフォン一匹しかいない洞窟であればどうだろう。腕に自信のある生物は、寒さのしのげる洞窟での一時の安息を、俺というおやつをかじりながら過ごすことを夢見て、襲撃をしかけてきてもおかしくない。


 フォンのこれまでの修業は、この冬のためにあったに違いない。事実、羽兎にさえ一撃食らった三か月前の俺であれば、羽熊の前脚による鋭い先制攻撃をもろに食らっていたことだろう。しかし、今の俺は戦闘訓練を重ねた子グリフォンである。その辺の子グリフォンと一緒にしないでいただきたい。


 (…あれ? 見たことないけど、グリフォンってフォンと俺以外にもいる…よな?)


 飛びかかってくる羽熊を翼でいなしながら考え事をするくらいには余裕がある。ひとえにこれまでの戦闘訓練の賜物である。体勢を崩した羽熊に素早く近づき、頭を前脚で握りつぶした。はっきり言って楽勝である。ありがとうフォン。いただきます羽熊さん。


 羽熊をあらかた食い終えたところで、ちょうどフォンが羽猪を運んで帰ってきた。フォンは俺の様子を見ると、満足そうにうなずいた。少しやせたフォンの、狙い通りだな、という表情を見て、洞窟に引っ越して以来、フォンが巣に帰る頻度が目に見えて減っていた理由がわかった気がする。そもそも獲物が少なくてなかなか俺のところまで運んでくる余裕がないというのもあるだろうが、フォンはこの洞窟に、成体のグリフォンである自分の匂いや気配を残したくないのだ。そうすると、肉食の生物が俺の食事になりにくる。俺が勝利することが前提ではあるが、獲物の少ない冬場にあちらから獲物が来てくれることは喜ばしいことだ。

 そう、冬場は獲物が少ないのだ。それでもフォンは俺に獲物を持ってきてくれる。フォンの運んできた羽猪を速攻でしとめて、羽猪をフォンと半分ずつ食った。


 フォンの狙いがわかったので、俺は洞窟に獲物が入りやすいように、獲物を食い散らかした跡をきれいに片づけてなるべく血の匂いが残らないようにした。俺自身も洞窟の奥に身を隠し、極力気配を消すことにした。フォンも俺の狙いがわかったようで、一層洞窟に近寄らなくなった。会うときは俺が気配を察して外で会う。フォンは獲物を持ってこなくなったが、俺には食料が減ったことよりもフォンが以前よりも健康そうにしていることが嬉しかった。

 

 洞窟を獲物の皆様が入ってきやすいように改装した結果、最低でも日に一度は何かが迷い込んでくるようになった。さすがに草食の生物は入ってこなかったが、肉食の生物は微かに残る血の匂いに期待して、おそらく危険は承知のうえで、弱い生物から強い生物まで色々と入ってきた。そうやって入ってきた獲物との戦闘は、決して楽なものではなかった。特に、寒さが一段と厳しくなってからは、生き延びることができるかどうかの瀬戸際の状態で、目をギラつかせながら入ってくる強者が増えた。覚悟の決まった者は強い。前世でもそうだった。


 こうして、俺の冬季限定「人生初一人暮らし」が始まった。


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