早くも慣れつつある
俺がグリフォンとして改めてこの世に生を受けたのは、春のような気温の頃だった。最近は気温が上がってきたので、今は夏…なのかもしれない。この地域に日本のような四季があるとすれば、俺は暫定生後三か月のグリフォンといったところだ。巣の中で日々運動をつづけたおかげで、体もかなり思い通りに動かせるようになり、またずいぶん大きくなった気がする。今や巣の端から端までダッシュで十秒を切る勢いだ。
今の俺は、間違いなくグリフォンそのものだった。
輪廻転生。概念としては知っていたが、まさか本当に魂のリサイクルが起きているとは思ってもみなかった。もっというと、前世の記憶を残したまま転生するなんてことがあるとは思わなかった。輪廻転生とか生まれ変わりとか言い出した人はほんとすごいな。なんでわかったんだ。
…いや、逆か。たまに記憶が消えそこなって生まれ変わる人がいて、そういう人の一部が輪廻転生とか生まれ変わりとか言い始めたと考える方が自然だな。いやいや、なんなら実はみんな言わなかっただけで三人に一人くらいは前世の記憶を残してた可能性も…?
なんてことを考えていたら、親グリフォンがこちらに戻ってくるのが見えた。例によって食べ物を――食べやすいようにグチャグチャにしてくれた生肉を――運んできてくれたのだろう。
わかってはいたが、この体の身体能力は尋常じゃない。まず視力。マサイ族もびっくりの望遠性能、色彩把握力。動体視力も抜群にいい。眼鏡をかけていた前世からすると信じられないくらい世界がクリアに見える。聴力も非常によくなった。今俺が暮らしているのは、大森林の中でもひときわ高い大樹の上に作られた広い巣なのだが、そこからでも大樹の真下を生物が通る音が聞こえる。他の感覚も優れてはいたが、視覚と聴覚の鋭さは別格だった。狩りのために発達した感覚だからだろうか。
ああ…あと味覚がな…。
一度餓死しかけた後、親グリフォンに生肉をむりやりねじ込まれたのだが。最高の味わいだった。
もう一度言う。生肉最高。食べたことない生物は損してる。今人間に戻っても思わずくらいついてしまうかも…いや、それはない。言い過ぎた。反省。
それにしても、生肉をあんなに美味しく感じる日が来るとは…。当然ではあるが、味覚が人間の時のそれとは大きく変わっている。親グリフォンの運んでくる生肉を食っちゃ寝する生活を続けて数か月、病気にならないどころか一層頑丈になっていく体も驚異的だ。グチャグチャの生肉に交じった内臓でビタミンを摂っているからだろうか。今日も今日とて食事を楽しみにしている自分がいる。さあ、親グリフォンがすごい速度でこっちに来るぞ…こちとらワイルドに食らいつく準備は万全よ…!
みるみる近づいてくる親グリフォン。よっしゃ生肉こいこい…!と思っていたが、よく見ると親グリフォン――フォンとでも呼んでおこうか――が持っているものは生肉ではなかった。遠目ではわからなかったが、近づくにつれてはっきり見えてきた。
(兎みたいな生物を…二羽持ってるな…)
フォンは巣につくなり兎に似た生物を二羽ともこちらに投げてよこした。普通の兎と違うのは、耳が翼のようになっているところだ。兎が全部この見た目なら、兎を一匹二匹ではなく一羽二羽と数えることに疑問を持つ人はいなかっただろう。あと、でかい。俺よりでかい。いや、大きさに関しては俺がまだ生まれたてで小さいだけの可能性もある。
フォンは「食ってもいいぞ」という表情を浮かべてこちらを見ている。こちらとしても是非この空腹を満たしたい、のだが…。
(えーと…どうやって食べたらいいんですかね…?)
医学生だった前世の記憶でなんとなく構造はわかる。食べられそうな部分もわかる。しかし、どのように手をつければ上手に食えるものか…皆目見当もつかない。兎に似た生物――羽兎と呼んでおく――に近づきながらフォンに助けを求める視線を送ると、「まあそうだろうな…いいか見てろよ?」とでも言いたげに羽兎に近づいていった。
フォンの解体講座が始まった。フォンはこちらに手際を見せながら、ゆっくりと少しずつ羽兎を解体していく。俺はそれを真似して解体を進めていく。生まれてから大した時間も経っていないが、この爪と嘴、そして全身の筋力には目を見張るものがあり、力を入れると面白いように解体が進んでいく。時々うまくいかずに手こずることもあるが、その時はフォンも手を止めて待ってくれる。しかも、解体したそばから羽兎の肉をこちらに投げてよこしてくれる。俺は美味しい思いをしながら羽兎の解体法を学んでいったのである。羽兎は二羽とも俺より大きかったが、気づけば俺が一人で二羽とも食い尽くしていた。恐るべし、成長期。
俺が羽兎を食い終わると、フォンは再びどこかへ飛び去っていった。フォンの後姿を見ながら思う。
(俺、ものすごく愛されてるな…)
羽兎を二羽運んできたのは、最初から解体法を教えるつもりだったのだろう。手とり足とり教えてもらうような経験は、前世ではあまりしたことがなかったように思う。前世での親は、決して酷くはなかったが、俺に熱心に構ってくれたとは言い難い。それに、両親とも俺が十歳になる前に事故で死んだ。施設に入ってからは無償の愛を一身に受けた記憶はない。
だからだろうか、俺はフォンに、最初はあれだけ恐ろしかった怪物に、強い好意と深い感謝を抱くようになっていた。グリフォン生活も悪くないのでは、と思い始めていた。と同時に、全く別の恐怖が頭の片隅に浮かんでくるようになった。
(もしもグリフォンなんて生物が人間にみつかったら…この生活は壊されてしまうんじゃないだろうか…?)