グリフォンって実在したのか…
頭を優しくなでられている感覚の中で目が覚めた。
頭をなでられるのなんて何年振りだろうか。触れた部分からぬくもりと愛情を感じる。とても心地よい。こんな風になでられることなんて親が死んで以来一度も…一度も…?
(…じゃあ今俺をなでてるのは誰だ?)
一瞬思考が止まり、直後、頭がすさまじい速度で回転し始めた。その間、目は空を流れる雲に釘付けだ。
(そうだ、確か死んだと思ったら森を見下ろしてて振り返ったら化け物がいたんだった!)
自分でも何を言っているかわからないが、おそらく間違っていないはず。夢ではなかったということは、青い空、白い雲、見渡す限りの大森林という目前の光景でよくわかった。一度気絶したことで冷静になれた、と思う。
現実を受け止めたところで、状況の確認だ。まずはもちろん先程から俺をなでているのが誰かを確認せねばなるまい。なるまい、が。
(ものすごく嫌な予感がする…)
意図的に視界から外していた存在を直視せねばならない。誰かを確認せねばとは言いつつも、大体の見当はついている。状況からして、俺をなでているのは…というかなめているのは、間違いなくさっきの「それ」だろう。ただ、なめ方からして敵意は全く感じない。どころか、愛情さえ感じる。敵ではない。敵ではない、が。
(怖いものは怖いんだよなあ…)
猛禽類と肉食獣を掛け合わせた怪物。見た目からして根源的な恐怖を感じさせる。視界に入れることすら躊躇われるというのが本音だ。だが、現実を受け止めねば今後の方針すら立たない。意を決して「それ」の方を見た。
「それ」は当たり前のようにそこにいた。さっきは気づかなかったが、この怪物はかなり大きい。全長で俺の五倍はあるように思う。覚悟していても怖い。上半身が鷲、下半身が獅子…確か伝説上の生き物にそんなのがいたような、ええと…?
(…グリフォン! グリフォンだこれ! 実在したのか!?)
さっきは気づかなかったことがもう一つある。猛禽類の目はものすごく怖いのだが…視線や仕草からこちらを心配しているような様子がうかがえる。
相手が謎の怪物ではなく(名前だけわかる伝説上の生物だが)自分に理解できる存在だったことと、相手がこちらに向けている意識が敵意どころか愛情に近いもののようだと感じたことが、俺の気持ちを安心させた。
調子に乗って、俺はグリフォンとコミュニケーションをとれないか試してみることにした。伝説上の生物と言われるくらいだし、なんだか知的な雰囲気も感じるので、もしかすると人語を理解できるかもしれない。というか、先程から俺はこのグリフォンとコミュニケーションをとれる気がひしひしとしているのだ。根拠はないがこれは確信に近い。なんなら千円かけてもいい。さっそく話しかけてみる。
「ピィー!」
…んん?
寝起きのためだろうか…うまく声が出ない。もう一度試してみる。
「ピピィー! クエックエッ!!」
…自分の喉から鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。このあたりで、決して頭が悪いわけではない俺は、不幸なことに自分の置かれた状況がどのようなものであるか、ピン!と閃いてしまった。
最初に自分の体を確認しなくてよかったと思う。俺の予想が正しければ、俺の体はグリフォンに体をなめまわされている現状よりも恐ろしいことになっているはずだ。
視線を落とし、自分の体を見ると、腕…いや、前脚は見事に猛禽類のそれであり、後脚はたくましい獣の脚だった。もちろん翼と尻尾のおまけつきだ。
予想していたもののショックは大きく、俺は目覚めた直後に再び気絶することになった。
グリフォンとコミュニケーションをとることができるはずだ、という確信は間違ってはいなかった。
なんたって、俺自身がグリフォンになってしまったのだから。