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良かった。
そう呟くと、やがて阿出野の手を掴んでいた成滝の手が、滑り落ちる。抱きかかえた腕に、ずっしりと彼女の重みがのしかかってきた。地面に触れた手が、それきり動くことはなかった。
「…なる?」
ふと、彼女の横髪に触れる。白い肌。長い睫毛。もう反応を示さない。手を握る。まだ暖かい。たった今名前を呼んだのだ。名前を呼んで、笑ったではないか。
「なる、」
抱きしめる。強く、どうしようもない想いだった。
「ーーーなるっ…!!」
なんで。なんで。ちくしょう。ーーーーどうして。
彼女の肩に額を押し付ける。人の感情を取り戻した獣の、悲痛なまでの慟哭だった。
間も無くして、はたと気づく。
「…、」
ふと、耳を澄ませる。確かに聞こえた。
僅かな呼吸音。体を起こして手首に触れる。脈打ってる。いざ成滝をみてみると、スヤスヤと寝息を立てていた。
「えっ」
思わず涙が引っ込んだ。何が何だか理解できない阿出野に、隣で倒れこんだままの田賀谷が開口する。
「…単なる麻酔弾だよ。…こんな時ですら自分の身が可愛いんだ。自殺する度胸もない臆病者だ、俺は」
上体を起こし、田賀谷を見る。阿出野の瞳には、先ほどの殺意は込められていなかった。
「…あんた親父に裏切られたっつってたけどそれ思い違いだと思うぜ」
「…何を…」
「だって仕事嫌いな親父があんたの話してる時だけは、なんだか生き生きしていたからな」
遠くで、サイレンの音がしている。
この懐で眠る彼女が呼んだものだろう。スヤスヤと寝息を立てる成滝の頬を軽くつねると、阿出野はしてやられたといった様子で舌打ちをして。
彼女を強く、強く抱きしめてやった。
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『いやいやまるでダメ。あれじゃろくな戦力になりやしないよ。ボンクラってのは正にああいうのを言うんだろうな』
笑い声を掻い潜り、その場を逃げるように、田賀谷は踵を返した。
『うわーひっでえ(笑)
田賀谷が今の聞いてたら、恨まれますよ』
『それでもいいんだよ』
『え?』
『俺を憎んでムカついて腹が立って…越えてやるって気持ちで臨んでくれればそれでいい。
あいつには、期待してるんだよ』