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「すきだよ」
受話器の中から届いた言葉が耳の奥に到達して鼓膜を震わせる。気恥ずかしさよりむず痒さが優って、体勢を変えて、それまで背を預けていた柵に思い切り正面から掴みかかった。
そこで気付く。病院の入口、そこに佇む黒スーツの男。携帯電話の受話器を耳に当てて、屋上を見上げている。
「…なにそれ。死亡フラグかよ」
「そのつもりで言ったんだけど」
「笑えない」
全然笑えないよ、阿出野。
「ーーーーじゃあな」
「待っ」
ブツリ。
電話が切れたのと同時に、スーツが歩き出す。弾かれたように駆け出す。階段を駆け下りて、看護師さんの注意を掻い潜って。
病院の入口に着いて周りを見渡しても、阿出野の姿は無くなっていた。
「ーーーー…」
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東京某所。港の端に位置する鉄工所には人気が感じられず、とっぷり日の暮れた空には、闇の絨毯が一面に広がっている。
遠くの方で都心の街明かりが煌き、僅かに波の音がする。
そこへ、一人の男が現れた。黒一色のスーツにネクタイ、長駆で細身の男だ。頭のてっぺんから足の先までモノトーンのそれは、薄暗い鉄工所の中で闇に溶けていた。
「これまた随分脈絡ない場所チョイスしたな」
立ち止まり、声をかける。独り言のようにも思えた。その男、阿出野が呼びかけた方から、姿を現さない相手が返事をする。
「最終決戦ってのは波止場の倉庫って相場が決まってんだろ」
どこからともなく、もう一人の男は現れた。焦げ茶の紙に銀縁の眼鏡、綺麗目なブリティッシュスーツを纏った男だ。歳は30前後だろうか。
その顔に、薄ら笑いを浮かべている。
「な。ドラマとかで多いけどあれさ、なんでそういうとこ選ぶかわかるか」
「さあ」
「銃声が届かねぇからだよ」