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「いついかなる時も、私が立ち止まり俯いた時に傍に居て手を差し伸べてくれた人間がいます。
ぶっきらぼうで臆病で。時に信じられないくらい頼りない人ですが、私はその人のおかげで今こうして立っていられる。
私は彼に救われた。今度は私が助けたい。
あでは、私を突き動かす起動装置なんです」
「…」
聞こう、今なら。
答えてくれるかもしれない。
「貴方が犯人なんですか?」
「…」
「阿出野の父を追い込み、自殺するように仕向けたのは、田賀谷さん貴方なんですか?」
質問した直後、ウエストポーチの中でスマホの着信音が鳴り響く。ピリリ、ピリリと寸分の狂いもない機械音。
真っ直ぐ彼を見据える私、その視線を掻い潜って、田賀谷は顎をしゃくってみせた。
「…携帯鳴ってるよ」
「…」
「大事な連絡かもしれない。相方くんの目が覚めたのかも。…応答してあげないと」
「…っ」
赤い目で田賀谷を見据えたまま、スマホを手に取りディスプレイを確認する。
「彩女さん」の文字が飛び込んでくるのと同時に、席を立った。
「ーーーもしもし、」
《あっ…もしもしなるちゃん!?アタシ!相くん、目覚ましたわよ!すぐ来て!》
「…わかった、…今すぐ行きます」
通話を切りホッと胸を撫で下ろす。カフェの入口の柱に体を預け息をついたのも束の間、すぐさま気が付いて店内に戻る。
ーーー先ほど私と田賀谷が言葉を交わしていたその席にはもう、既に田賀谷の姿はなかった。
「ーーーくそっ」
逃げられた。私が入口にいたから出たとしたら気づくはずだったのに、一体どこから。
「あ、すいません」
「? はい何でしょう」
「あの、さっきまでここに座っていた眼鏡で紺のスーツを着た男性って見かけませんでしたか」
「あぁ、その方でしたら先ほど勝手口はどこかとお尋ねになって…出られましたけど…」
不思議そうにする店員に御礼をし、テーブルに視線を移す。伝票の下に敷かれた二人分のお代が、こんな時ですら彼の性格を物語っていた。