30
煙草の残り香がつんと鼻をついた、気がした。
そっと瞼を開く。…頭が痛い。ここどこ。ホテル。あ、そうか、昨日確か食事をご馳走になって…
むくりと体を起こすと、自分にかけられていたジャケットに気がついた。黒のスーツジャケット。やや、煙草の匂いがする。
「………あで……?」
ホテルの室内を見回すけれど、そこには誰の姿もない。それでいて、ほんの少し前まで、誰かに見守られていたような気もする。
窓から射し込む陽の光が、部屋一面を明るく照らしていた。
朝の公園。そのベンチにてスマホを片手に連絡を取る、一人の青年。緑色のパーカーに紺色のジャケット。茶髪は太陽に照らされ透けている。
もう、32回目だった。成滝へ連絡するべく通話をし、留守番電話に繋がり…を朝の4時から始めて、3時間。いよいよ根気が続かず、高草木はくそっと悪態をついた。
「…連絡もせずどこ行っちゃったんだよなる…」
本来なら通話で直接叱咤したいところだが、このままではやむを得ない。今一度スマホを耳にあてがい留守番電話サービスに繋がったのを確認すると、おほんと咳払いをする。
「なる?おれだけど。昨晩から連絡取れないから心配してます。これ聞いたら連絡下さい。…あ、あと、冨樫と田賀谷のことについて調べたけど、…あの田賀谷って人、本当はーーーーー…」
ずがん。
「…?」
体に、振動。ふと見下ろすと、腹の辺りから赤が滲んでいた。刹那、猛烈な激痛に見舞われる。
「………あ、れれ…」
ふと正面を見る。なんで、お前が。手を伸ばすのも呆気なく、自分の腸を射撃した犯人は瞬く間にその場から姿を消してしまった。
ベンチに横になって、片手で腹を抑える。じわりと手が赤く染まって、ようやく撃たれたことに気づいた。
「………ああもうさいあく」
脂汗が浮かび、口からひゅうひゅうと息が漏れた。これおれ見つけてもらえんのかな。ま、人はそう簡単にしなないか。遠のいていく意識に身を委ねつつ、それでも命乞いしようだなんて、らしくない。
「…きゅうきゅうしゃ…」
虫の息で漏らした声に、誰がいつ、気づくのだろう。なるじゃなくてもこの際いい。せめて、遠くでラジオ体操をしているおじいさんは気づいてくれたらいいな、と。
やんわりと淡い期待をその胸に
高草木はそっと目を閉じた。