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「…お前ももう気づいているんじゃないのか?
灯台下暗しって言葉がある。…思っているより、そういうのは、身近にあるもんだ。だから気づかない」
「………何を言って…」
壁にもたれ座り込んだまま、片手で頭を抱えて田賀谷を見る阿出野。そのとき、 感じた。
田賀谷はじっと阿出野を見据えていたのだ。
音もなく
気配もなく
ただ静かに
じっと
じっと
「…………………田賀谷、お前、…まさか、」
「………帰るよ」
「待てよ」
「時が来たらいずれ教えてやる。いや…次会う時がその時かな。…今度な、犯人。連れて来てやるよ。お前が一番知ってる人間だ。そして、俺もよく知ってる」
「ーーー田賀谷っ、」
「勘違いすんなよ」
背中から掴みかかろうとした阿出野の腕を振り払い、眼鏡の下から田賀谷の眼光が光る。その目には一点の曇りもなく。阿出野のまた、逸らすことが出来なかった。
「…俺はお前の監視役だ。そして俺の部下でもある。今、お前は彼女のそばについてやれ
金は払ってるから。これ上司命令な」
目前でバタン、と扉を閉められ、その場に立ち尽くす。頭の中が、正直もう…ぐちゃぐちゃだった。横髪を片手で掻き毟る。もう、本当に、なんなんだ。
落ち着いてから、そっと後ろを振り向く。もう、二度と会うことはないつもりだった。それは、彼女もそうだろう。…寝てるけど。
(…助かった)
そっと成滝のそばに歩み寄り、心地よさそうに寝息を立てる彼女の横髪を撫でてやる。
俺も、彼女も。何に許されたいと思っているんだ。何に救われたいと。
考えは尽きない。とりあえず、今は。何も考えずこうしていたい。そう、切に願っていた。