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《もしもし》
「あぁ、私だ。…例の新入社員。山口だ。いつものように頼むぞ」
《…いつものように、とは?》
「首を切れと言ってる、わざわざ言わせるな」
《どこの部署の山口ですか》
「だから、営業部のーーー…」
ふと、受話器を耳に押し付けたまま違和感に気付く。…この部屋から、声がしている。
ふと見ると、正面のマネージメントデスク、その座席に人の頭が見えた。
「…誰だ」
「あんた今でもそうやって人をゴミみたいに扱ってるんだな」
「何だと?」
座席が回転し、それまで背を向けていた者の正体が露わになる。受話器を耳にあてがったまま、その全身黒スーツの男…阿出野は、鋭い眼差しに因縁の相手の姿を焼き付けた。
「…貴様何者だ」
「毎日そんな風に気に入らない奴は切り捨ててあたりまえのようにのらくら生きてんだもんな、覚えてないのも無理はないと思う。ましてや7年も前の話だ、図太い神経なさってるあんたには、部下の死すら日常の断片に過ぎないんだろう」
「7年前…部下……?」
やや間をおいて、冨樫の落ち窪んだ瞳が大きく見開かれる。胡散臭い刑事ドラマの犯人のように息を荒げると、その足は1歩2歩と後退した。
「…まさかっ…お前」
「ご名答。あんたが殺した男の息子だよ」
ーーー突如、顔色を変え戸棚に手を伸ばす冨樫。阿出野はデスクを飛び越えその背中に掴みかかる。スーツの襟首を掴み引っ張り起こすと、応接用に向き合ったソファの傍らにそのままねじ伏せる。開いた戸棚の中からは黒ボディの小型拳銃が覗いていた。
「ーーーっの、」
「なんで殺した?」
低く、抑揚のない声色。黒く塗り潰された阿出野の瞳には一点の光もなく、背中で捩じあげた腕はミシミシと音を立てている。
「ーーーッ!!」
「なあ、」
「っち、ちがっ…!わ、私じゃない!私はただ命令されて、いっ、ひぎぃぃっぃい!」
「嘘つくなよ」
「嘘じゃない!、本当だっ!そうするように仕向けた人間がいて私はただその指示に従っただけでぇ!」
ほんとうだ、信じてくれ。ねじ伏せられたまま、着衣も髪も乱し、涎と鼻水を垂れ流しに半べそをかく冨樫。その目をじっと見る。ーーー真実、なのだろうか?今ここで、冨樫が方便を吐いて得をするメリットはあるか?…俺の手から逃れるため?バレたら殺されるかも知れないリスクを背負ってまで?ーーーどういうことだ。