18
部屋は、もぬけの殻だった
「…たり前、か…」
こぼすように呟いて、そっと足を踏み入れる。八畳一間のワンフロアには、TVとベッドだけが残されていて、それ以外は本当になにも置かれていなかった。
生活感の欠片すら感じない。本当にここで、阿出野は存在していたのだろうか?それすら疑問に感じる。
念のため、ベランダやクローゼットに何か手がかりはないか、と動き出したところで、その声は届いた。
「阿出野くん?」
呼びかけられて、振り向く。すると、入り口の戸の前で此方を伺う一人の男性の姿があった。50手前くらいだろうか。片手に杖を持っている。
「…えっ、と…」
「…じゃ、ないね。いや、本当に来るとは思っていなかったよ。想像していたより、別嬪なお嬢さんだ」
「…え?」
状況がいまいち掴めないまま立ち尽くしていると、その男性がおもむろに一つの茶封筒を懐から取り出した。それを持ったまま、よたよたと歩み寄って来る。
「…貴方は」
「私は、ここのアパートの管理人の、萩本です。ここの住人…阿出野くんにおつかいを頼まれていてね。自分がいなくなったあと、きっとここに女性が来るだろうから。その時これを渡してくれと、頼まれて」
手に持った茶封筒に視線を落とし、成り行きのままそれを受け取る。表裏を向けても何も書かれていない。
「…あの、阿出野はいつこの部屋を引き払ったんですか?」
「つい数日前だよ。でもそれ以前から立ち退きの話はしていたからね、そうだな…丁度半年ほど前だよ、たぶんいずれこの部屋を出るって彼が言い出したのは」
半年前といえばーーー私と再会した頃だ。
「…いやはや、でも本当に来るとは思わなかったよ、てっきり見栄を張っているものだとばかり。
恋人へ向けたラブレターとか言ってたね。きっと感動するだろうから、一人でゆっくり読むといい」
「…そんなんじゃないと思います」
「? でも阿出野くんはここに来る女性は家族より大切な人、と言っていたよ」
「…」
「見栄を張らない。いや、若いっていうのは素晴らしいことだね。…部屋、出るとき声だけかけてくれるかね
それまでゆっくり、この部屋使ってもらって構わないよ」