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身に纏ったスーツは相も変わらずビシッと決まっていて、きっと私に最低限の知識があればその装いに小洒落た冗句も飛ばせたのかもしれない。
しかしメンズスーツのブランドにはからきし理解のない私は、彼を見て何を言うでもなかった。
「ここのモーニングすごく美味しいんだよ。土日なんかは限定メニューも出ててすぐ売り切れる。君もこの機会にぜひ」
「私はもう、食べてきたので」
時計を見なくったってわかる。待ち合わせした時間は、朝の9時だ。通勤ラッシュが一通り流れようやく落ち着きを取り戻した街。きっとその傍らで取る朝食は人混みを眺めて取る朝食よりかは格別なのだろうが、浅い睡眠から目覚め、無理に流し込んだココアは甘ったるくてそれだけで胸焼けがして、私の胃が他の何かを受け付けそうにはなかった。
「つれないなぁ。あいつにもそんな感じだったの?」
「…すいません」
「あ、誤解。責めているんじゃないんだ。ただ、そういうところも含めてあいつは君を好きだったんだろうなって、漠然と」
最後の一口を堪能し、珈琲のおかわりを注文する彼の向かいで私は釈然とせずにいた。
「…あの、ひとつ聞いていいですか」
「どうぞどうぞ」
「…貴方は…田賀谷さんは私とあで…阿出野のこと、どこまでご存知なんですか」
「大概知ってるよ」
阿出野と私がかつての同級生であること
阿出野を見つけた探偵は私だってこと
近日中ずっと依頼を一緒に解決していたこと。
「あ、ハグしたこと…キスしたことも知ってる」
「!!Σ」
通常トーンの声色で言われ、思わず席を立って相手の口を両手で塞ぐ。珈琲を口に含んだばかりの田賀谷さんがパチクリと瞬きするのと、私が我に返って着席するのは同じタイミングだった。
「しっ…失礼しました」
「意外とピュアなんだね。もしかしてはじめてだったの?」
「ばっ…、そ、そんなことは」
「ヘェ~はじめてだったの」
頬杖をついて、ニコニコと。まるで絵面は放課後、学生同士で繰り広げられるこいばなのようで、罰の悪さに背中を嫌な汗が流れて行った。