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「なる、いい加減何があったか話してくんないさすがに困るんだけど」
「……」
「あいつに何かされたの?だったらおれ、やり返しに行くし」
「……」
「…心配なんだよ」
おれにすら、何も言わないことがあるのか。視線を伏せ、瞼を閉じる。何秒、何分。何十分経っただろうか。しばらくして。
布団の塊が、モソリと蠢いた。
「………知らなかったんだ」
「…え?」
か細く、枯れた、蚊の鳴くような声。高草木は耳を澄ませる。
「…あいつが…そ、そんな想い抱えてたのなんか…私は何も…知らなかった…何にも………」
布団の中から、咽び泣く声が聞こえてくる。釈然とせずとも、高草木はそっと手を伸ばし、その布団の塊をとんとんと撫でてやった。
「すいません、このお花頂けますか?」
「あらぁありがとうございますっ」
高草木商店の店先で、一人の男が店員を呼びかける。作業をしていた彩女は、振り向いて顔を赤くした。
上質なポールスミスのブリティッシュスーツに身を包み、清楚、且つ綺麗目に流した色素の薄い茶髪。寸分の隙のない銀縁の眼鏡は夕陽で光を反射して目元が見えない。「紳士」という言葉が匹敵する男性は、一歩花屋に足を踏み入れにこりと微笑んだ。
「…あっ、あの、これからデートでして?…お花を頂ける女性が羨ましいですわ」
「いえ、これは貴女に」
「へっ!?」
慣れた手付きで包んだ花束を次の拍子にはわしゃりと押し付けられ、彩女の顔面は花で埋まった。男はその横をすり抜ける。
「それから…そうだ、あの花をください。これは“彼女”に差し上げたい」
「か、彼女って…え…!?あの、貴方、失礼ですが一体…」
男は、これは失礼、と眼鏡のフレームを指の関節で持ち上げる。そしてスーツの胸元を無駄のない動きで探ってから、一枚の名刺を彩女に差し出した。
彩女はそれを見るなり、目を見開き言葉を失う。
ーーー男は。また優しい瞳でにこりと微笑み、そして一歩後退りした。
「改めまして今日は
阿出野の上司、田賀谷です」
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