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「この本屋の向かいにある"進台"は博己が通ってる予備校だ。時間的にもそろそろ出てくる頃だと思うんだが」
あでがそう言った所で、進台のビルから学生がパラパラと表に出てきた。見た感じ出来の良さそうな顔触れが並び、彼らは淀みない足取りで右へ左へ、それぞれの帰途へと散って行く。
そこへふと、一人の少年が同じように表に現れた。もさついた猫っ毛の黒髪、色白の眼鏡。チェックのシャツにショルダーカバンを下げた、辛気臭い顔をした男…
「あいつだ」
調査資料にクリップされた写真と同じ顔だと認識すると思わず声に出す。そのまま動き出そうとしたところで、私は身を縮こめた。まさか、なんで。越智が私たちのいる本屋に入ってきた。
「ちょ、え、入ってきたぞ」
「落ち着け」
慌てて向かいにあった本を取り読むフリをする私の隣で、あではさも一般人を装って何食わぬ顔で雑誌に目を落としている。何こいつ、どこでこんな技いつの間に覚えたんだ。
そうこうしてる間にまた、一人の男性が本屋に足を踏み入れた。20代後半~30前半くらいだろうか、長身の焦茶髪に、目鼻立ちの整った顔をしている。
長身の男は店内をぐるりと見渡したあと、本屋の外をもう一度振り向いてから慣れた足取りで、小説コーナーで立ち読みをしていた博己の隣について声をかけた。
驚いたのはそこでだ。博己は顔を上げると、仏頂面だったその顔に僅かながらに笑みを浮かべたのち、何言か言葉をかわして二人して並んで本屋を出て行く。
「動くぞ」
脳内には小さな疑問符がぽつんと浮かぶのみだった。不審に眉をひそめる私をよそにあでが仕事に真剣なので、とりあえずその隣で黙って二人の後を付けて行く。
学生通りは本屋にCDショップ、ファーストフード店などが立ち並び、その通りを抜けるとビジネスマン達が羽を休めるには手頃のホテル街が存在する。要は格安ホテルってやつだ。
学生通りとはガラリと変わった町並みにそぐわずポツポツと存在するペンキ塗装の成された真新しい建造物には、いかがわしいパネルがホテル名を象られている。
これはもしや、と嫌な予感が脳裏をよぎるのも束の間、私の願いも虚しくその2人はそのホテルへと入って行った。