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「…あ、ちょっとそこのあんた」
「?」
「成滝知らない?あのほら、仏頂面で、ちっこいの」
名前も知らない生徒に背丈こんくらいでこんな顔の…と顔真似をして見せると、そいつは怪訝そうに眉を顰めた。なんだよ、ノリ悪りぃな。そう言いかけたところで、そいつは開口する。
「成滝ならさっき、帰ったよ」
「うわ、マジか。くそ」
「…でもあれってたぶん…」
「?」
「阿出野っ…!」
言葉を濁す男子生徒に今度はこっちが首を傾げると、左方向からバタバタと二人の女子生徒が駆けて来た。一年の時同じクラスだった山中と中野(通称山中野コンビ)だ。
ぜえひゅうと肩を弾ませて、人の隣に来るなり膝に手を置き呼吸を整える。
「…阿出野…っ大変だよぉ…成滝ちゃんが…成滝ちゃんが…っ」
「なるがどうした」
「あんたなんでしんないの!?成滝さん…たぶん二年になってから田嶋さん達のグループから嫌がらせされてたんだよ!?
今日も…くっ、口止めされてたけど遊びに行くフリして成滝さん相当ヤバい感じだよ!」
「ヤバい感じって何だよ」
「…大学生呼ぶとか言ってた」
言葉を濁していた男子生徒が零す。頭で考えるより先に胸倉を掴んでいた。
「…どういう意味」
「…かっ、カラオケに…田嶋が、いつもの女子仲間と一緒に行こって成滝を、誘って…で、でも本当はそこに…田嶋、男友達連れ込んでて…
な…成滝…あいつに…せ、制裁するんだって…それで…」
怯え切った男子生徒を突き飛ばし、腕時計を見る。考えるより先に、もう本能のままに体が動いていた。
「どこのカラオケ」
「駅前の“ウタカラ”!!」
山中が言い終えるより先に駆け出した。その背中で、男子生徒が"俺が言ったって言わないでくれよ!"とかなんとか叫んでいた気がしたが、そんなのは二の次だった。
なぜ気づかなかった、なぜ知ろうとしなかったのだ。それだけがただただ無念で、歯がゆくて、もどかしかった。
走りながら、思い出して夕凪にメールを送る。この分では約束の時間に間に合いそうにもないと思ったからだ。
【件名:わるい
急用で遅れる。
先に帰って待っててくれ】
しばらくしてから、携帯がバイブした。
【件名:Re:わるい
わかった。家で待ってるね】
その返事を見るなり、俺は携帯を制服のポケットに押し込んで、言われた通りのカラオケ店に乗り込んだ。