18
「よ、」
「…よう」
親父のことを聞かされてからは授業どころか日常生活にも身が入らなかった。当然のように教科書を忘れ(それは前からだが)体の赴くままに立ち寄ったクラスで、呼びかけたのはなるだった。
「…何?」
「教科書貸してくんね、…古典の」
「忘れたのか」
「じゃなかったら借りに来ねーだろ」
「ドジ」
無表情で吐き捨てられ、ぁあ?とガンを垂れようとするや否や、なるは速やかに教科書を持ってきてぐい、と俺の腹に押し付けてきた。
顔を上げない。どこか曇った表情は普段より硬く、視線は斜め下を見据えている。…以前から割と寡黙ではあった、でもどこか不自然だ。
「…?サンキュー」
「用がないならとっとと行け」
そのままふいと回れ右をして目を合わせることなくUターンして行く相手の背中を見送り、どこか胸がざわめく。釈然としないままはたと視線を感じた先を見ると、数人の女子が此方へ向けていた白い目を、さっと散らしたのがわかった。
…この時すでにきっとなるは、新しいクラスで、女子のグループにハブられていたのだろう、だが俺はそんなことを知る由もなく。特に追求することすらなかった。
…その時点でなるの現状をいち早く察知していたら。あんなことにはならなかったのかもしれない
あの時 すべて わかっていれば。
そして あの日
「…お、やっべ」
終わりのショートが済み、掃除当番でもないため速やかに妹に会いに帰る仕度をしていたときだ。
昇降口まで来て、なるに古典の教科書を返していないことに気がついた。別に翌日でも、他の日にでも謝って返せばいいのだろうが、いかんせんあの性格だ、きちんと返さなければ何を要求してくるかわからない(一年の時同じ流れでクレープ奢らされた)
三秒ほど考えたのち、さっさと返すことに考えが落ち着いた俺の体は頭で納得するより先に動き、自ずとなるのクラスの教室に向かう。
終礼が終わってからほぼ一番乗りに飛び出した位だ、まだ残っていよう。そんな考えが甘かった。
(…あれ)
いない。うちのクラスより終礼が先に終わったなるのクラスの生徒は既に掃除当番しか残っておらず、教室はがらりと空いていた。