12
「この、冷酷人間!お兄ちゃんがそんなだとお母さんも負担なんじゃないかって、心配になるよ」
「お袋は別になんとも思ってないよ」
「ほんとかなぁ。今まで専業主婦だったんだよ?慣れないパートとかって、他の同期の人とかとのしがらみで疲れてたりするよ、女の人って特にそうなんだから」
「そう思うならお前がお袋についてきゃよかったじゃん」
「だからそれはっ…」
口論がエスカレートする寸前で、前もって注文していた品をウェイターが持ってきた。小型のベイクドチーズケーキの皿、そしてティラミスがそれぞれ妹と俺の前に並べられる。
マニュアル通りの挨拶を交わして、ウェイターは三度裏手に戻って行った。
「…親父に変わりは?」
「ないよ。あり得ないくらい元気。元気すぎてちょっとムカつくくらい、お母さんと別れてからお父さん浮かれてる」
「さぞお袋に妨げられてたんだろうね、自由」
「そうじゃないよ」
そうじゃない、と続けて、ベイクドチーズケーキのフィルムを剥がす妹。難しい顔で剥がされたフィルムにケーキのあとはほとんど無く、その言葉に一足遅れて眉を顰めた。
そしてフォークでケーキをどこからつつこうか、と思案していた妹がちらと俺を見て。
一言
「…しょうかくって、そんな簡単にするもん?」
「…昇格?」
「…お父さん、昔に比べてここ半年弱ですごく仕事忙しくなってる。いい意味だし、お父さんも嬉しそうなんだけど。なんだか最近二人で住むときに決めた約束とかも守ってくれないし」
「約束?」
「ごはんをね。一日に一度は必ず一緒に食べるの。…始めこそお父さん、真面目にそうしてくれてた。でも最近は残業も多いし変な時間にかかってきた電話に隠れるように出たりして…」
「…考えすぎじゃね」
目前に出されたティラミスにざくりとフォークを突き立てる。甘ったるい香りが鼻の奥をついて、それだけで一瞬胸焼けがした。
「そうかな」
「あのお袋と別れたかった要因の一つに仕事のこともあったのかもしれない。俺たちが単に知らないだけで。だとしたら親父は今踏ん張りどきと言うか、絶世紀一歩手前って事じゃねぇ」
「…そんないいものかな」
「そんなもんだ。大人なんてのは」
「…そうかなぁ…」
どこか腑に落ちないようで、妹は結局その日ずっと難しい顔をしていた。