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「…は?」
「お前、いつも仏頂面なんだもん。難しいツラで上の空。眉間にしわ寄ってるよ」
「…別に私だって面白いことがあれば笑うし、泣きたくなれば泣く」
「そぉかな~」
「そうだよ」
ホントかな~とか、からかうつもりで斜め下から覗いてやれば食ってかかるようにムキになった相手が三度そうだよ、と念を押した。
結局仏頂面になってる成滝の教科書をすかさず隣からかすめ取る。
「あっ、てめ」
「“なる”だな」
「え?」
「あだ名だよ。成滝って白滝みたいでちょっと呼ぶのに抵抗あんの。言われたことなかった?」
漢字も、見れば見るほど白滝だ。そんな風に、毎回こっちが頭を悩まされることがないよう、恐らく呼ぶ機会が増える字名は早く命名するに限る。…もっとも、今まで誰かに字名を提案したことなど万に一つもなかったが。
「……ッ」
ああでもない、こうでもないとブツブツ呟いてる最中、突然成滝が顔を手で押さえてそっぽを向いた。何事かと体を起こせば、小刻みに震える肩が目に飛び込んでくる。
えっ、うそ、泣いた?こんなんで?デリケートだった?既にからかわれたことあってそれを思い出したとか!?
「え、ちょ、ごめん悪かった!まさかそんな過去があったとは」
「ぶはっ!」
「!?」
「白滝って!なんだよそれ!そんなん言われたことないっつの、変なのっ」
あははは、と高い声で腹を抱えて笑う成滝に、そのときは完全にペースを乱された。呆気に取られて、目をまたたいて、そんでついでに気恥ずかしかった。
その上ちゃんと笑えんじゃん、とも。
「…じっ、じゃあ決定な!お前今日からなるだから!ちゃんと呼ぶから反応しろよ」
「だったらお前はあでになるぞ」
「へっ?」
くく、と笑を堪えたままのなるが横目で涙を拭って俺を見る。
「阿出野って呼びにくいんだよ。なんか途中でいっつもいい呼び方ないのかと考えてしまう」
「そんな時間かかんなくね!?つかあでとか犬みたいじゃんやだよ」
「いや決定!お前が私をなる呼びするなら私はあでで行かせてもらう。あは、コンビみてぇ。おっかしい」
クスクス笑って、ひとしきり相手が笑い終えるまでものの数分。どこか悪戯くさいところに妹っぽさを感じながら。俺はその隣で静かに彼女を不貞腐れながら見据えていた。
その日を境に、俺となるは本格的に連むようになっていった。