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(…喧嘩?)
一人の女子生徒を取り囲むようにして、二人の男子高校生が一方的にたたみかけている。きっと男女間のよじれとかそういう奴だろう。ドラマとかでよくあるけど、現実でもそんなの実際にあるんだな。
「…くわばら、くわばら」
兎にも角にも、こういうのは黙って知らんするに限る。巻き込まれんのとか御免だし。感覚としてはその程度で、自転車を停め鞄を持って歩き出す。
ふいに、背後で自転車の鍵が落ちる音がして、はぁ、と深いため息をついた。
「ゆりかてめーどっちが本命なんだよ」
「このインラン女!ふざけんなよ!」
「やめとけって」
な。
近くで見たら、さっき遠巻きで目にしていたよりよっぽど迫力のある二枚目たちの怒り顔。せっかくのイケメンが台無しですよ、とか言ったか言わなかったかは、忘れた。
別に田嶋を庇いたかったわけでもない。単に、条件反射だった。寄ってたかって、男が、女を滅多打ちにするその根性。そのものが気に食わなかったのだ。どちらに非があるにせよ。
二人の男の間に割って入ってそう言ってやれば、その二人はち、と舌打ちをしてその場を慌てて立ち去った。
俺も俺で朝のショートに間に合わない予感がしたので、女がどんな顔をしていたのか確認せずにその場を離れた。
そのときのとっさの行動が、後々あんな事態を引き起こすとは思いもしないまま。
「…」
机に突っ伏して寝こけていると、そっと肘の下に何かを差し込まれた。ノートだろうか。一限目と二限目の休憩時間の鐘で、周りはざわざわと騒ぎ出す。
「…何?」
「Σ」
「(ビビってるし)貸してくれんの」
犯人(?)は隣の成滝だ。恐らく一限目完全に眠りの世界に落ちていた俺を気遣ってノートを貸してくれようとしている。でも自分で言うのは嫌だから無言で置いて見た。そんな所だろう。
「…ねっ寝こけてたからな」
「さんきゅ」
「…、お、ぅ」
窓の外を見て頬杖をつく、そのショートヘアから覗く耳が赤いことも、隣のこの席からだとよくわかる。何がそんなに恥ずかしいのか。でもこいつが自分から何かアクションを起こしてくるのは初めてで、俺は調子に乗って口を出した。
「笑えばいいのに」