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記憶は不鮮明だ
「離婚することにしたから」
夕刻の。5時を過ぎた頃だろうか。窓から射し込む夕陽の眩しさ、安定した包丁のリズム。
ソファに寝転んで雑誌を眺めていた俺と、傍にいた妹は振り向いて声のした台所を見た。
当時の。決して振り向く気配のない母親の背中を憶えている
「………え?」
「家も売り払う手続きしてあるから。あんたたちも父さんと母さん、どっちについて行くか考えておいてね」
「…え、ちょっと待ってよお母さん…考え直せないの!?」
「もう決めたことだから」
「そんな…だめだよそんなの絶対!お兄ちゃんもなんとか言ってよ!」
「…」
これはどこにでもある話だ
きっとこんなのどこにでも
FILE6.落下する夕暮れ
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「あり得ないよ」
今から9年も前の話だ。当時高校受験を控えた中学三年の俺と三つ年の離れた小六の妹は、突如として人生の末路を決めると言っても過言ではない選択肢を突き付けられた
「離婚なんて絶対あり得ない!もう一度二人に言って考え直してもらおう」
その何をどうしても太刀打ち出来ない切札にあきらめの悪い妹はいつまでも駄々を捏ねていたが
「無理だろ」
「なんで!」
「あの二人仲悪いじゃん」
「そこを私たちが取り持つんだよ!」
「夫婦にとって絆を繋ぐのは子どもの存在そのものだよ、子は鎹っていうだろあの二人にもそれは例外じゃないだけど」
それまでソファに項垂れていた体を弾みをつけて起こす。絨毯に座り込んでいた妹ははの字に眉を落としていた。
「俺たちの成人を待たずして離婚を切り出すってことはよっぽどお互い耐えかねてたってことだ。
…俺たちに入る余地なんてないよ」