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「しっかりしろよ野球部。あれくらい受け取んないと」
「…いやおれ別に坊主ってだけで野球部とか一言も言ってないし…」
「え!野球部じゃないの!?」
「いや野球部だけど!キャッチャーだしおれ!!」
じゃあ尚更受け取れよ!とか堂々巡りの意味のない会話を繰り広げる。なんだか一瞬拓馬の元気がないように見えたが、気のせいだったらしい。
「…ところで二人は?」
「観覧車の方へ向かったよ」
「えっ観覧車!?観覧車って…観覧車!?」
「他になにがあんだよ」
「まずいだろ!長時間の密閉空間!静かな一時!その瞬間にやることと言えばもう一つしかないじゃん!」
血相を変えて突然駆け出す拓馬に慌てて続く。野球部、と自負するだけあって軽いフットワークの彼と違って、軽く鍛えているとはいえ、長らく運動という名からご無沙汰している24歳の男女はみるみる内に引き離されてしまった。
「…どう?拓馬くん見えるか?」
「ダメだ、完全にはぐれたぞ」
観覧車付近の人混みを前に、植木の花壇に乗って高身長のあでに辺りを見回してもらっても拓馬の姿は見当たらない。おそらく千幸を思って彼らの前、もしくは後ろの車に乗り込もうと列に並んだのだろうが、だとしたらもうとっくの上かもしれない。
「どうする?乗る?」
「…え」
狭い密閉空間に、静かな一時。やることといったら…ただ一つ。
突然先ほどの拓馬の言葉が思い起こされてぶわあああと顔に熱が集まってくる。
慌てて顔を背けると、係員に背中を押された。
「二名様でよろしいですね。どうぞー」
「えっえっ」
「どんくせ早く乗れ」
「うるさいな!」
乗り込むつもりなど、毛程も無かった。と、いうのに。係員に押されるままムキになったのが運の尽き。
「さすがここらでも有名な超大型観覧車。一周すんのに15分だと」
「へ、へーそうなんだ」
(ああああなんでこうなった)
感心して外を眺めるあでとは向かい合わせにならぬよう、なるべく距離を置いて斜めの位置に縮こまって座る。ばくばく音を立てる心臓を抑えて、思い返す。いや、何緊張してるんだよ、自分。
二人きりの、密閉空間。なら、それを有効活用してやればいいだけじゃないか。
…今なら、逃げない。だろう。
お互い。
私はごく、と生唾を飲み込んだ。