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「なんか用」
「うわっ!」
そのままのペースで後を付けようと足を緩めなかっただけに、曲がった先で"対象"が視界いっぱいに広がると、つい大袈裟にのけぞってしまった。
阿出野は、…あでは、とうに気付いていたらしい、腕組みをして壁に右肩を寄せたまま悠々と此方を見下ろしている。
真っ正面から改めてその顔を見るのは久しぶりだった。月日が経っただけに、顔付きが違う。骨格は以前よりくっきりし、わりかし綺麗めに刈られていた短髪の頭は、仕事スタイルなのか後ろにかきあげていた。
懐かしさに、不覚にも涙が出そうになる。
「さっきからコソコソと、頂けないねぇ。どこのネズミだ?」
無論、そんな「私」に気付いていない張本人は露骨に敵意を剥き出しにしているが。
「あ、いや!…ちょっと、知り合いに似ていたものでつい追いかけちゃって…でも、人違いだったみたいで、失礼しました」
自分でも、無理のある言い訳だったと思う。探偵帽に変装道具(あからさまに探偵コーデ)の姿がこれ以上彼の目に留められないよう、帽子を目深に被ってそう言うと、しかしアッサリとあでは「あ、そ?」と返事をした。
はい、すいません。そうへつらって、不審な動作で後ずさりをする。
「じゃ、ねえだろ」
ーーーと、そこであでの長い腕に捕まった。
「いっ、いでででででで!」
途端、瞬く間に捕まった腕は背中に一気にたくし上げられ、路地裏の硬い壁に横顔を押し付けられた。男だって勘違いしてるってのか、力に全く迷いも容赦もない。
すると、耳元に息がかかる程の距離で、あでの低い声がつづく。
「そんなさー、わかりやすいウソつく日本人今のご時世いないっての。さてはお前あのオッサンの回し者だな」
「っは、なんの話っ…いだだだだだだ!!」
「とぼけんなよー。こっちは一応そちらさんの信頼買って働いてんのに、疑ってかかられちゃあ心外だ
出るとこ出てもいいんだぜ?」
ギリギリ、と音が鳴るほど腕が犇めきあって、自然反応で口の中に唾液が溜まってくる。ーーーこのままでは折られる、と感じた瞬間、とっさに叫んでいた。