Chapter 05: En un sueño de...
オレはよく夢を見る。起きて数分もすれば内容を忘れてしまう事がほとんどだが……。しかし、数回に一回、いや一週間に一回は、起きてからしばらく経った後でも、容易に夢の内容を思い出せることもある。このようなことは、オレを含め、多くが人が経験していることだろう。
夢の中に実在の人物や、知り合いが出てくる、なんてこともよくある話だが、内容によっては、覚醒後の自分自身の感情に甚大な影響を与えることもありうるのだから、夢というものはたいそうおそろしいものである。--若干、誇張した表現をしているのは承知ではあるが--
今考えれば、オレが柚木あみかを異性として意識するきっかけとなったのは、まぎれもなくその"夢"だったのかもしれない。--今となっては、自分が夢の中でどんな体験をしたのか、かなり朧げではあるが--
正直、山口の授業の下らなさにうんざりしていたので、思い出せる範囲で、"あみかの夢"を脳内で再構築してみるとしよう。
この夢は、オレという人間の脳内で描かれたフィクションであり、実在の人物・団体・事件等には一切関係ありません。
いつからここにいたのか、全くもって検討もつかないのだが、オレは"女の子の部屋"らしき場所のソファーに腰掛けていた。ここがどこなのか、誰の部屋なのか、そもそも、今のこの状況そのものが、まったくもって理解できなかったが、いわゆる女子の部屋というオレに取ってはある種のメルヘンチックな空間への入場パスを得て、晴れて、閉ざされた未開の園へ入る事を許されたという今の状況に、なんともいえない優越感を感じていた。
『オレって彼女できたんだっけ?』、そんなことを考えながら、ドアの外から聞こえる足音が徐々にこちらへ近づいてくるのを鼓膜で感じ、その足音とシンクするように、オレの心臓は激しく高鳴るのであった。
足音が止む。オレが今いる、どこともしれない空間に、つかのまの静寂が訪れ、無音という大きな音が部屋を満たす。
扉が開き、誰かが入ってくる。オレは、よくマンガやアニメで見るありがちな演出、つばをごくっと飲むという行為を実践してみた。
心臓はうるさいくらいに激しく鼓動し、アタマの中ではいわゆる青春ロマンティックコメディー的な展開がエンドレスに脳内再生され、手は軽く震えていた。
ドアを開け部屋に入ってきた女の子、それはいつの日か、中学時代にコトバをかわし、高校ではクラスメイトであり、唯一のamiga(友達)候補の、柚木あみかであった。
『遅くなってゴメンね。お茶を入れるのに手間取っちゃって……。』あみかは、顔を少し赤らめながら、ぼそぼそと言った。--オレの目を見ずに--
『いや、いいよ、ありがとう。オレが注ぐよ。』人間が二人もいるのに、沈黙が空間を支配する、オレはそんな状況が苦手だった。とにかくなにかして気を紛らわしたかったのだ。
『でも、お客さんにそんなことはさせられないよ。いい、私がするから。あと、これお菓子、貰い物だけど……。 よかったら食べてね。』
『オレにそんなおもてなしする必要ないのに……。でも。ありがとう。もらうよ。』
特に腹が減ってるというわけではなかったが、静寂無間地獄になるぐらいなら、飲んで食って……、食べるのに集中してますオーラをだしてるほうがまだマシだった。
何を話せばいいのか、なんか良いネタなかったか。気が動転しているオレにはまともなアイデアなど何一つ浮かんでこなかった。そして、あみかが用意してくれた高級そうなお菓子はものの五分でHAVE RUN OUTした。
『もしかして、お腹減ってた?』あみかは少しひきつりつつかろうじで均衡を保った微笑を浮かべながらたずねた。 その微笑、お菓子にがっつくみっともないオレを冷笑しているのではないか、オレは少し疑心暗鬼になっていた。
『あーごめん、なんかすげーうまくてさ……。みっともないよなごめん。』オレ、ダセー!!。まともな会話もできず、菓子にがっついて、全部食っちまって。あみかはまだ一つも食べて無いじゃないか。これは終わったな……。 すべてをあきらめ、なにか悟った気になって賢者モードになってる負け犬の気分だ。でも不思議とくやしくなかった。自己評価が著しく低いオレに与えられた、特有の精神免疫体質なのか?
なにはともあれ、もうどうにもならないと分かったので、少しラクになった。オレは静寂を受け入れ、あたりはJohn Cageの管轄下となった。
4分33秒後……。
あみかはCageに反旗を翻すように、唐突に、この沈黙のカーテンを蹴破るように、裏返った甲高い声でオレに向かって語りかけた……。
『jhgiwbsjsiなの??』
『……。ごめん、なんて? 聞き取れなかった、悪い。』オレは謝ってばっかりだな。なさけない。
『あ、ごめん。私、緊張すると早口になって、滑舌悪くなって、何言ってるか、訳分からなくなって……。ごめんなさい。』
『いや、いいよ。てか、緊張してるんだ。 なんで?』 あみかも緊張してたんだ、それが分かった瞬間、オレは安心した。そして、落ち着きを取り戻す事ができた。 自分の性格の悪さにうんざりする瞬間だった。
『緊張……しちゃってます。』あみかは苦笑しながら答えた。 顔は笑顔でくしゃっとなり、その姿は、不覚にも一瞬で恋に落ちてしまいそうなくらい、BONITAだった……。
『だって、初めてだから。家族以外が部屋にくるなんて。』
『そうなんだ。オレなんかが初めてでいいの?』オレは、半分笑いながら、つっこむように答えた。
調子に乗りつつあるオレの愚かな虚栄心に支配された思考回路が、またこんな陳腐で、うぬぼれたフレーズを発言するよう、オレに指示するのであった。にもかかわらず、あみかはまっすぐ、でも時に目をそらしてそわそわしながらオレが投げたコトバのボールをきれいな曲線を描く山なりのボールで返してくれた。
『うれしいよ……。不安でいっぱいのまま高校に入って、誰ともしゃべれなくて、どうしようって思ってた。でも、最初のオリエンテーションの時に目が合ったの覚えてる? あのときはすぐ目をそらしたけど、一瞬、ほんの一瞬だけど微笑んでくれたよね? 私はあの笑顔に救われた。なんとかやっていけそう、そんな気がした…。』
『……』オレはなんて返して良いか分からなかった。 なんともいえない感情がオレの心の中で何度もこだましては、消えていった。
あみかは、黙り込んでぴくりとも動かないオレを心配そうに見つめていた。彼女の視線を感じてはいたが、オレのへたれ精神が全勢力を動員して、オレの口を締め切った。
『ごめん、なれなれしすぎだよね。いきなりこんなこと言われても気持ち悪いよね。』あみかの声は徐々弱々しく、そしてみずみずしく変化していった。涙が彼女の頬濡らし、暴力的な程に明るい蛍光灯の光に照らされていた……。
『そんなことない。うれしいよ! オレもうれしかったんだ!』そう言いたかった。のど元まで上がってきているのに、声にだせない。気持ちを声に変換できない。オレのE-V(Emotion - Voice)コンバーターは最低最悪の粗悪品だった、今日それが分かった……。
『早く言え!』 どれだけ脳に指令をだしても、へたれ劣化したこの虚弱脆弱惰弱のメンタルのせいで、気持ちをコトバにエンコードできない。
オレはとんだcoward(臆病者)だった……。
Sabes que sueño es honesto?
¡Hasta la próxima!