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Sceneシリーズ

Scene-6~誕生日の夜だから必ず会える~

作者: 日下部良介

『好きになってもいいですか』本編には登場しなかった俊哉の誕生日会での出来事です。

 津山さんからメールが来た。

『今度の日曜日は川村さんの誕生日なんだけど、サプライズでお祝いをしようって克也さんから提案があって…』

 もちろん、OKよ。でもちょっと残念だわ。本当は二人っきりでお祝いしてあげたかったのに。


 俊哉はソフト部の日程をメンバーに連絡した。“12月2日:僕の誕生日”ソフトの予定とは関係のない自分の誕生日を洒落で添付していた。女性メンバーからはすぐに“おめでとう”の返信があった。

 克哉からはその日の夜の都合を確認するメールが入った。

『実はトシの誕生日に集まろうと何人かに声をかけてるんだ…』

 克也にしてみれば、サプライズで企画したいところだったのだけれど、当日に主役の都合が悪いのであれば話にならないとネタバラシしたのだった。俊哉にしてみれば断る理由はない。快く克也の申し出を受け入れた。


 俊哉の誕生日の1週間前に練習試合があった。その帰りに俊哉は奈津子に聞いてみた。

「ねぇ、今度の日曜に克哉がなんか企んでいるみたいだけど聞いてる?」

 俊哉にしてみれば、誕生日を祝ってくれるのは嬉しいのだけれど、その場には奈津子にもいて欲しいと思ったからだ。克哉は奈津子の連絡先を知らない。だから、そのことが奈津子に伝わっているのか心配だった。

「聞いてませんよ」

 奈津子の返事はそっけないものだった。


 トシさんったらダメだよ。あんなところで聞かれても答えられないよ。その時は橋浦や上村が一緒に居た。彼らは奈津子と俊哉のことに対して異様なほどの態度を取る。克哉がどこまでのメンバーに声をかけているのかわからない状況で、下手な返事はできない。自分の知らないところで二人が合っている…たとえ二人きりでなくても…などという事がばれたら何を言われるかわからない。けれど、さっきの俊哉のガッカリした表情を思い出すと、奈津子は後ろめたい気持ちになって来た。


 俊哉はこの日、練習試合には参加していなかった津山さんに探りのメールを入れた。克哉と津山さんは仲がいい。当然津山さんには話しているはずだ。

『わかりませんけれど、何かあるのなら、なっちゃんにも声をかけておきますね』

 返信された内容はそんなものだった。


 えー、誰に聞いたんだろう?津山は俊哉のメールに焦った。克哉からはサプライズ企画だと聞いていたから、ネタバラシするわけにはいかない。当然、奈津子には連絡を入れているのだが、そんなことも言うわけにもいかないではないか。


 俊哉はもやもやしながら、家に帰ってきた。妻の陽子はバレーボールの試合と打ち上げでこの日は遅くなる。夕食の支度をしようと思っていたところにメールが入った。

『さっきはごめんなさい。実は……お誕生日のお祝い楽しみにしています』

 奈津子からだった。先ほどのそっけない返事を詫びる内容だった。でも、もういい。彼女が来てくれるのなら何も言うことはない。


 日曜日。俊哉は早く約束の店に行きたくて仕方なかった。それでも、我慢して集合時間の10分遅れで店に着いた。既にみんな集まっていた。

「主役のくせに遅いぞ」

 克哉が言う。俊哉はざっとメンバーを見渡した。飲み会には一度も参加したことがない青田さんが居たのは意外だった。青田さんは奈津子の子供と同級生の子が居るお母さんだ。

「珍しいね」

「川村さんにはいつもお世話になっているから。お誕生日おめでとうございます」

 そう言って、青田さんは小さな包みを差し出した。それをきっかけに、プレゼントを用意していたメンバーから一斉にプレゼントを手渡された。ヒロは群馬で元プロ野球選手が作っているという幻のたまねぎ。前回、野球教室で俊哉たちの中学校を訪れた際、販売されていたのだが、俊哉が買いそびれたのを覚えていたようで、わざわざ群馬まで取り寄せに行ったという事だった。津山さんはウコンの力。ディズニーランドに勤めているというチームのエースピッチャー尾崎さんはミッキーマウスのマフラー。などなど。

 みんなの気持ちが嬉しくて涙が出そうだった。でも、違い意味で俊哉は本当に泣きそうだった。奈津子が来ていないのだ。

「なっちゃん遅いね」

 津山がそっと俊哉にささやいた。

「メールしてみるね」

 そう言って、津山さんは奈津子へのメールを打ち始めた。


 よりによってどうしてこの日なの?奈津子は焦っていた。橋浦と上村に誘われたのだ。彼らとは古くからの飲み友達だ。ちょっとだけ顔を出して退散するつもりだった。

「知ってる?今日、かっちゃんが川村さんの誕生会をやってるんだってよ」

「ああ、俺も声掛けられたけど、返事しなかった」

 橋浦さんと上村さんの会話だ。

「浅井ちゃんにも声掛かったでしょう?」

 橋浦が聞く。

「私は知りませんよ。克哉さんにはメールとか教えてませんから」

「ふーん…」

 怪訝そうな表情で二人が私を見る。来なければよかった。でも、私が向こうに行ったのが後でばれたら何を言われるかわからない。ちっとも楽しくない。どうして私はこんな人たちと飲み友達なんかになっちゃったんだろう。そんなことを考えながらも時間だけがどんどん過ぎていく。津山さんから何度もメールが入っている。でも、この状況じゃ返信もできない。トシさんごめんね…。


 俊哉は気が気ではなかったけれど、みんなの手前、楽しそうな体を装ってはしゃいでいた。それが不自然なものだと気がついているのは津山だけだっただろう。そんな俊哉を気遣って津山はちょっと電話をしてくると席を立った。おそらく奈津子からメールの返信がないのに業を煮やしたのだろう。

 席に戻ると、津山は申し訳なさそうに俊哉にささやいた。

「ちゃんと伝えたのよ。必ず来るって言ってたのにおかしいな…」

「いいよ。何か理由があるんだよ」

 俊哉はそう言って津山に日本酒を進めた。津山はそれを一気に飲み干した。

「いい飲みっぷりだねぇ」

 日本酒党の尾崎はそんな津山の姿を見逃さなかった。尾崎は空いたグラスに酒を注ぐ。津山もやけっぱち状態で注がれた酒のグラスを空にする。そして時間だけが過ぎていく。

「そろそろお開きにしようか」

 克哉が切り出す。

「そうだな」

 勘定を清算して店を出た。とうとう奈津子は来なかった。俊哉はこのまま帰りたくはなかった。遅くなっても奈津子は必ず来てくれる。そう信じていたから。

「じゃあ、ラーメンでも食いに行こうか」

「よし!行こう」

 津山がそう言って手を挙げた。既に足元がおぼつかない。俊哉と尾崎と津山の三人でラーメン屋へ移動することになった。津山の自転車は俊哉が押していった。ラーメン屋に着くと、俊哉は奈津子に場所を変えたことをメールした。


 10時を回っていた。さすがにもうお開きになったかもしれない。出るに出られず奈津子は橋浦たちと未だに一緒に居た。

「明日も早いからこの辺にしようか」

 橋浦がそう言い、ようやく解放されると思った時メールが入った。俊哉からだった。

「何?メール?川村さんからじゃないの?」

 上村が目ざとく聞いてくる。

「違います。主人からです」

 奈津子はそう言うと、割り勘の勘定をテーブルに置いて席を立った。店を出ると二人がすぐに追いかけてきた。奈津子は二人をまいてさっさと帰ろうとしたのだが、こうなってはまた面倒なことになってしまう。

 俊哉たちが居るラーメン屋は橋浦の家と同じ方向で、自宅とは逆。そのまま行くわけにはいかない。上村の家は奈津子の自宅と同じ方向だ。途中まで上村と一緒に帰らなければ怪しまれる。橋浦とは店の前で別れたが、奈津子は仕方なく上村と自宅の方へ向かって歩き出した。

「じゃあ、気を付けて行けよ」

 そう言って上村は路地を曲がった。奈津子の自宅はもうすぐ目の前だ。

「はい、おやすみなさい」

 奈津子もそう言って自宅へ向かうふりをする。自宅の前で上村の姿が見えないのを確かめると、そのまま自宅を通り過ぎて反対方向に曲がった。そして歩きながら俊哉にメールをした。


 それにしても今日は寒い。ここからだと、俊哉たちが居る店まで歩いて10分はかかる。奈津子は早足で寒空の下を歩いた。


『今向かってます』

 その一言で充分だった。俊哉は酎ハイと焼き餃子を頼んだ。餃子は奈津子の大好物だ。猫舌の奈津子が到着する頃にはいい具合に冷めているだろう。

「じゃあ、改めて乾杯!」

三人は酎ハイで乾杯した。なんだか俊哉の元気が出てきたみたいだと津山は感じた。俊哉は津山の耳元で呟いた。

「今向かってるって」

「本当?よかった」

そう言った瞬間、津山が立ち上がって手を振った。入口に奈津子の姿が確認できた。俊哉の表情が変わったのは言うまでもない。津山は奈津子を手招きすると、席を一つ空けて俊哉の隣に座るように勧めた。そして、自分は尾崎の横に座り直した。

「寒かった…」

 奈津子はそう言うとテーブルの上の餃子を指した。

「これ食べてもいいですか?」

「どうぞ。みぃこのために頼んだものだから」

 餃子をほおばりながらも奈津子の嬉しそうな顔が俊哉には最高の誕生日プレゼントだった。


 しばらくして、津山が急に立ち上がった。

「そうだ!私、ケーキ買ってくる」

 そう言って津山は尾崎を引っ張って店を出た。尾崎を引っ張っていったのは俊哉と奈津子に気を使ったからだろう。

「よかった。日付が変わる前にみぃこの顔が見られた」

「私もです。もっと早く来たかったんですけど…」

「いいよ。会えたんだから」

「はい!」

「それより腹はすいてないか?」

「何か頼んでもいいですか?」

「もちろん!」

「「五目あんかけ焼きそば」」

 二人声をそろえて言った。これも奈津子の大好物だ。そして同時に笑った。

「マスター!五目あんかけ焼きそば!割増でもいいからエビを多めに入れて」

 俊哉はすぐにオーダーした。奈津子はエビも大好きなのだ。


 二人とも特に何かを話すわけでもない。そばに居るだけでいい。それだけで幸せだった。そこへ津山と尾崎が戻って来た。コンビニで買ってきたケーキを山ほど持って。

「お待たせ!やっぱり誕生日にはケーキがなくちゃね」

「それにしても買い過ぎじゃない?」

「いいの!残ったものは全部ウチに持って帰るから」

 そう言って津山はみんなに一つずつケーキを配った。

「じゃあ、主役が揃ったところで、改めてハッピーバースデー!」

「主役が揃った?えっ!なっちゃんも誕生日なの?」

 津山の言葉に尾崎はポカンとしている。

「いいの!」

 津山は俊哉と奈津子に微笑みかけてグラスをかざした。


 外の空気は冷たかった。けれど、俊哉はそんな冷たさなど微塵も感じなかった。店を出て4人で歩いて帰った。津山も酔いが醒めたようで自分で自転車を押している。逆に尾崎はかなり酔っているようだ。最初に津山が分かれていく。そして僕が分かれる。

「みぃこ、尾崎よろしくね」

「はい!お疲れ様でした」

「じゃあ!」

 奈津子と尾崎が二人で帰っていく。それを見送りながら僕は家に向かう。


 家の近くまで来たとき、奈津子から電話が入った。

『大丈夫ですか?』

「大丈夫だよ」

『尾崎さん、ちゃんと送りましたよ』

「そっか。じゃあ、次に行くか?」

『はい!どこにしますか?』

「ガード下」

『わかりました』


 俊哉は家の脇を通り過ぎると駅前のガード下の赤提灯に向かって歩を速めた。吐く息が白い。白い空気の中には可愛いみぃこの顔が浮かんでいる。そして、俊哉の誕生日がもうすぐ過ぎて行こうとしている。






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