青春文化祭2
「シラン、休憩行ってきていいぞ」
休憩なら、この服を脱いでも良いだろうと、俺は制服の入った袋を取りに行こうとして阻止される。
「は?」
「宣伝にもなるからそのまま行ってこいよ」
「どこにも行けないじゃないか、悪いが着替えさせてもらっ」
俺は引き摺られそのまま教室の外に追い出されてしまった。
ドアを開けようとしても、内側から開けられないように誰かが押さえているようだ。
「小学生か!」
暫くドアを引っ張っていたが、諦め渋々俺は人が居ない場所を求めて歩き始める。
「わ、おっと!」
「あんた、さっきの」
危うく大きなダンボールを持ちよろけながら歩くレンにぶつかりそうになった。レンは慌てたようにダンボールを床に置く。
「ごめんって、シラン! 何してるの」
「休憩中だ、あんたこそ何してるんだ」
「タツミ先生に荷物を運ぶように頼まれたんだけど、箱が大きくて……重たくはないんだけど、なかなか進まないんだ」
「大変そうだな」
「演劇部の準備もあるのに、はあ……人使い荒いんだからあの人は」
「……手伝うか?」
不服とはいえ、この服や化粧などで色々世話になった相手だ、そのくらいしてやっても構わないと思い申し出るとレンは少し迷ってそれから、
「じゃあお願い」
そう、にっこり笑って俺にダンボールを渡す。
「う、なかなか重たい」
「じゃあ頼んだよ、三階の科学準備室に持ってってね」
「あ、おい!」
レンに俺の声は届かず手を振り去っていってしまった。手伝うと言ったがこれは確実に押し付けられただけなんじゃないか。
「……仕方無い」
今更荷物を置いていくわけにもいかずそれを運ぶ。
「あっれ~、可愛いメイドさんが荷物運んでる」
他校の生徒なのだろうか、見たことの無い制服を着た男子生徒が二人俺の前に立ちふさがった。
俺が無視を決め込むと、男達は肩を軽く竦めてから俺の荷物を奪う。
「おい、なにするんだ」
「重たそうだから俺達が運んでやるよ」
「どこまで運べば良いか案内してよメイドさん」
そう言うと二人はへらへらと笑って階段を登っていく。
「案外良い奴なのか?」
不良が雨の日に濡れた捨て猫を助けるなんてよく聞く話だが、人は見かけによらないものなのかも知れない。俺はさかさか歩く二人の後について行き案内する。
科学準備室と書かれたプレートがある教室の前まで行くと、男達はさっさと中に入ってしまった。
文化祭とは言え、使われていないからかこの辺りは人が居ない。これが終わったら暫くこの辺りに居ようかなどと考えながら中に入る。
部屋は薄暗く、明かりを付けないのかと言おうとしたが不穏な金属音に言葉を呑んだ。
「鍵なんて閉めてどうするつもりだ」
「どうするもこうするも、お礼をしてもらおうかなって」
「そうそう、俺達さ~盛り盛りなわけよ。でもさ女って色々面倒じゃん」
「だから見た目が良けりゃあ男でもいいやって、つか気持ち良ければなんでも良くね!」
二人の男は声を上げて笑い合う。
何か危ない薬でもやっているんじゃないかと恐ろしくなってきた。これは発情した男よりよっぽど厄介なんじゃないか。
逃げようにも扉の前には男が立ち、さらには鍵がかかっていて簡単には出れない。
助けを呼ぼうにもこんな使われてない教室からいくら叫んだって聞こえないだろうし、携帯は教室に置いてきてしまった。
男達が近寄ってくる。今まで喧嘩の一つもしたことはないが、腕を振り回せば一発は当たるだろうか。同じ男なんだから暴れればなんとか逃げ出せるかも知れないと頭の中でシュミレーションしてみたが、
「……どうしてこうなった」
暴れて振り回した腕は易々掴まれあらぬ方向に曲げられた上、今俺は床に押し倒され男に馬乗りになられている。
男が興奮したように鼻息を荒げるのが聞こえ体に冷たいものが走った。
「さて、お遊びはここまでだよ」
男の手が服を摘む。
今までインキュバスから守り続けてきた貞操をこんな所で喪いたくはない、だが今の俺には男の下で無意味にもぞもぞもがく事くらいしか出来ない。もう駄目だと諦めかけた瞬間、扉が勢いよく開く音がした。
「ぎ、銀髪!」
音が小さく悲鳴のような声を洩らす。それと同時に俺にかかっていた重みが無くなった。
「楽しそうな事してんなァ」
「えっと、これはただ……ひぃ! ごめんなさい」
男達は情けない声を上げ、足音を立てながら部屋から出て行った。無様な姿の俺と銀髪の男ことソウが残される。
「いつまで寝てんだ、そこまで面倒みねぇぞ」
「う、今起きる」
正直、恥ずかしいのでほっといてもらいたいものだが助けてもらった手前そうはいかないだろう。
「ありがとう、助かった。だがなんでここに俺が居ると分かったんだ?」
「お前が変な奴にのこのこついて行ってるのが見えたから後を追ってみたらこれだ」
「のこのこ……」
「習わなかったか? 知らない奴にはついて行くなって」
返す言葉もなく、自分が恥ずかしくなり俺は黙って俯くしかなかった。「そういえば扉の鍵はどうしたんだ?」
「鍵? ああ、あれは」
そういうとソウは得意げに鍵を見せる。
「適当な教師を脅したら簡単に貸してくれたぜ」
「……脅すなよ」
笑うソウに呆れて言うと、急に急かすように俺の腕を掴み引っ張った。
「な、なんだよ」
「もうすぐ花火が打ち上げられるらしい。ほら、行くぞ」
文化祭の夜に打ち上げられる花火が毎年の名物になっているらしい。話には聞いていたがすっかり忘れていた。
ソウに連れられるがままたどり着いたのは屋上。
「今日は開放されてないんじゃ……」
ソウは当然のように鍵の束から屋上鍵を見付けて扉を開ける。
「本当はこの為に借りたんだが、随分役にたったな」
「たく、だから先生に目を付けられるんだぞ」
そう言いつつも一緒に居る以上俺も同罪なのだろう、それに助けられたのだから文句は言えない。
屋上に出ると秋の冷たい風が頬を撫でる。スカートの裾が風に揺れ、肌寒い。
「ほら、これでも着てろ」
ソウは自分が着ていた学ランを俺にかける。なんだか今日は優しすぎないか。
「あ、暖かいな」
学ランに残った温もりが心地良くて気恥ずかしい。これが文化祭で男女の仲が急に良くなるあの現象なのだろうか。だが俺もソウも男だ。
ふと俺が澄んだ夜空に散らばる星屑を見上げると同時に、夜空に満開の花が咲いた――。
「綺麗だな」
「ああ、一番綺麗に見える場所だからな」
「青春って感じだな」
「なにこっぱずかしい事言ってんだよお前は」
ちらりとソウを見ると、花火の明かりに照らされたその横顔が俺の心を掻き乱して落ち着かない。
「シラン……」
「え?」
真剣な眼差しに鼓動が高まる。これはまさか、そうなのだろうか。
銀髪越しに夜空に咲く花火が見える。これは最高のシチュエーションだろう。だが待ってくれ心の準備がまだ、
「オレ、お前等より六回も多く花火見てるんだぜ」
「は?」
「だからもう見飽きちまったなァ」
俺は全身の力が抜けるのを感じた、危うく座り込みそうになるのをなんとかこらえた。
ソウは柵に寄りかかり空を見上げて口元を歪めて笑う。
「でも誰かと見た花火はこれが初めてだ」
そして後日、俺とソウは罰として反省文と一ヶ月の掃除当番をさせられる羽目となった。
「これも青春だな」
「……案外ポジティブだなお前」