青春文化祭
秋も深まり、すっかり寒くなった今日この頃、俺は不本意ながら水風呂に浸かっていた。
「シラン、そんなことしてないで諦めなよ」
「…………」
「学園祭なんて楽しそうじゃない」
「ああ、女装さえしなければな」
水風呂からあがり、衣服を着ながら溜め息をつく。明日俺が通う学校で学園祭が行われる。それは構わないのだが俺のクラスは「無いのなら自分達で補充するしかないだろ」という誰かの言葉により女装喫茶を行うことになった。女子の友人が居る者はいいが、繋がりのない者達は飢えているようだ。だからと言って、男が女装して何が楽しいのだろうか。
「はあ……」
「大丈夫、シランなら可愛い女の子になれるよ」
「なりたくない」
それでも朝は来るもので、水風呂の甲斐もなく俺は渋々学校に向かった。伊達に皆勤賞をとっているわけではない。
学校に着くと、待ってましたと言わんばかりに桐が近寄ってきて、袋を差し出してきた。
「ほら、着替え。さっさと着替えてこいよ」
「……手の込んだ嫌がらせだな」
「まあ、そう言うなってみんな楽しみにしてるんだから」
桐がぽんぽんと肩を叩く。溜め息をつきながら俺はその紙袋を手に着替えに行った。
紙袋から桐が用意した衣服を取り出す。
「…………」
そして仕舞う。もう一度出してみる、そして仕舞う。
「よくこんなものを……」
黒地のフリルのついたドレスのようなものに、白いエプロン、所謂エプロンドレスというものなのだろう、ご丁寧に黒いニーソックスも入っていた。一式揃っている。
今すぐ逃げ出そうかと思ったが、きっと逃げきれないのだろう。クラスに居る三十何人の男子生徒から逃げきれるとは到底思えない。それに犠牲は俺一人ではないのだ。残された者達を思うと諦めるしか他ないだろう。俺は仕方無くそれを着る事にした。
そのエプロンドレスを着て更衣室を出ると、小柄で金髪の少年が俺を出迎える。だが俺はこの男と面識がない。
どうやら上級生のようだが意味が分からず無視しようとすると、
「ちょっと待ってって、キミに飛びっきり可愛いメイクしてあげるから」
「してくれなくていい」 叱られた子犬のようにしょぼくれたそいつが俺の手を掴む。
「俺はレン、演劇部に所属してるからメイクとか得意なんだ」
「いや、そんなこと聞いてない」
「その衣装もオレが作ったんだ」
「悪趣味だな」
「と、とにかく折角女装するなら完璧にやらせて」
レンの勢いに負けて俺は再び更衣室に連れ込まれてしまった。
顔を柔らかな筆のような物が忙しなく動き回る。くすぐったさを感じながらも俺は大人しくしていた。腹をくくったと、言うより全てを諦めたというのが正しい。
「ほら可愛くなったよ!」
鏡を見ると、ほんのりと化粧を施された自分がうつる。ぱっちりした二重に長い睫毛、頬はほんのりと赤く色付いていてまるで女子のようだ。
「……この部屋から出たくない」
「なに言ってんの! 自信もちなよ」
そう明るく笑うレンに連れられ俺は更衣室を無理矢理連れ出された。俺はその手を振り払う事も出来ずに引き摺られる。
教室に戻ると準備をしていたクラスメートが集まりだす。
「ほ、本当にシランだよな?」
「それ以外の何に見えるんだ」
呆れたように言うと、普段は話さないような奴がしみじみと呟く。
「遠目から見たら女の子に見える。俺、新たな扉を開きそうだよ」
「開くな、思いとどまれ早まるな」
いい加減うんざりして、俺は並べられた机の上に置かれたクーラーボックスから飲み物を取り出し、文化祭の準備を始めた。こうして文化祭が始まったのだ。
普段使っている机を並べお洒落なテーブルクロスを敷いて作った喫茶店用テーブルはあっという間に満席になる。
一人客が出るとまたすぐに新しい客が入ってきた。
「よう、随分繁盛してるみたいだなって、シラン?」
白衣に前髪で片目を隠した本業は神様な保険医、ギルドラが俺を見るなり固まった。
「これは、クジで当たっただけで好きでやっているわけじゃないんだ」
「なあシラン」
「……なんだ」
ギルドラが真剣な目をして俺を見る。何か重大な事を言うように唇を開きそして、
「テイクアウトは有りか?」
「……無しです」
ギルドラの目は本気だった。